AFFIXTUER
■サントドミンゴ下町 -アクアリィ０歳−
朝日が照らすサントドミンゴ。下町の施療院で産声があがった。
「かわいい女の子ですよ。」
父親になったヘリムは嬉しくてたまらなかった。若くに妻と駆け落ちしてから苦労の連続だったが小さな店を持てるまでになった。そして愛する妻との間に初めての子供が産まれたのだ。幸せだった。
「女の子だったから『アクアリィ』ね。」
ベットの上から母親になったばかりのエアトゥリが名前を呼んだからか赤ちゃんが元気に泣き出した。夫婦は娘をあやしながらその未来を幸せにしていけるようこれからも頑張っていこうと誓いあうのだった。だが、しかし…。
＊ ＊ ＊
■サントドミンゴ下町 -アクアリィ５歳−
「ヴァンパイヤハーフだって！」
「なんでこんなことに…」
「どうして俺達がこんあ目に合わなきゃいけないんだ？」
「あの子なんて産まなければ良かった…」
その吸血行為から吸血鬼と同じように見られ世間に忌み嫌われる存在であるヴァンパイヤハーフ。子供がそんな存在だったら親はどうするだろうか？今の時代ではだいたい同じ反応をする。「拒絶」だ。殺す、捨てるそんなことが当たり前の事としてまかり通っていた。だがそうせざるを得ない理由もある。近所の者などが家族ごと「排斥」しようとするからだ。己を守るため、保身のために人は自分の子供に対してでさえ残酷になれるものらしい。
「ママ、ママ、だいじょうぶ？」
キッチンで泣き崩れる母親に４，５歳の少女が近づく。だがその声は母親には届かない。彼女は自分に振りかかった不幸に呪いの言葉を吐きながら泣き続けるだけである。少女は本当に心配しているらしく色白で可愛いらしい顔を不安でいっぱいにしながら母親に寄り添いなんども声をかけ続けた。
「うるさい！あっちへ行って！」
そんな少女を母親は平手で邪険に払いのける。それでも少女は母親が心配なのか叩かれた頬を押さえあふれそうになる涙を堪えながら少し離れたところで心配そうに立っていた。近くにまだいる少女に気づいた母親はヒステリーのせいか暴力的な言葉を娘に投げ付ける。
「あんたのせいよ。なにが半吸血鬼よ。なんでそんな化け物が私の子供なのよ。なんであんたなんかが産まれてきたのよ。まわりから化け物を産んだ魔女とかなんであたしが言われなきゃいけないのよ。全部あんたのせいよ。出ていけ！どっか消えてちょうだい！」
少女は母親の言葉で自分が悪いせいと知って泣きそうになる。でもどうすれば母親が泣かなくてすむようになるのか分からなかったから言われた通りにキッチンを出て自分の部屋に戻った。部屋に戻るともうどうしていいのか分からなくて我慢していた涙があふれてしまう。そして少女は疲れて眠てしまうまでベットの上で泣いていた。
父親は夜遅くに深刻な顔で帰ってきた。混乱している妻をなだめたあと今後について話合う。状況は絶望的だった。娘が半吸血鬼と知られてしまったこの町ではもう生活できそうになかった。町を出るにも蓄えも少なく新しい町でやり直すせるか怪しかった。娘を捨てるのも考えたが今度は娘を捨てた親として何を言われるか分からない。いい案が思い浮かばないままいつしか沈黙が二人の間を訪れていた。
「そうだわ、こうなったらお父様に頼みましょうよ。」
妻が突然思い付いた意見に夫は首を振る。
「ムリだよ。俺達は義父さんに反対されて駆け落ちしてきたんだぞ。いまさら助けてくれるとは思えない…。」
だが母親は名案を思い付いていたようだ。希望が出てきたのか明るい顔して事もなげに言う。
「だからあの子を差し出すのよ。お父様はいつだってシュレイムのために働く手駒を欲しがっているもの。きっと半吸血鬼の化け物なら高く買ってくれるに違いないわ。それでそのお金で二人でやりなおしましょう。ねぇ？」
娘をあっさりと売ると言う妻の言葉に一瞬、そう一瞬だけの戸惑いを見せたが父親はその言葉にうなずいていた。
＊ ＊ ＊
■ケイプヘイシャン -アクアリィ５歳−
１０年ぶりの再会。しかし父と娘の間に流れるものは暖かいと言えるものではなかった。それは娘を売ると言うエアトゥリと孫を買うというブレイディの商談でしかなかったからだ。
「分かった。金は用意させよう。それを持って好きにするがいい。」
アクアリィは２人が何を話しているのか分からない様子で大人しくイスに座っていた。娘を売る商談が思いの他うまくいったのがよほど嬉しいのか母親は娘に満面の笑顔を向ける。
「アクアリィ、これからはお祖父様といっしょに暮らすのよ。お祖父様の言うことを良く聞いて言い子にするのよ。」
ひさしぶりの母親の笑顔が嬉しいのか。少女は元気良く返事した。
「それじゃあ、さようなら、お父様。」
そう言うとエアトゥリは席を立つ。それを見てアクアリィはついていこうとイスから降りようとした。
「アクアリィ。お前はここに残るのだ。」
だがいつの間にか後ろに立っていた老人が少女の肩を押さえていた。
「まってママ！おいてかないでぇ！ママァ！ママァ〜！」
娘の叫びにエアトゥリは振りかえりもせず扉から出ていった。
母親を呼びながら泣きつづける孫に老人は冷酷に言い放つ。
「あいつはな、もうお前がいらないそうだ。だからお前を置いていった。だがな心配することはない。わしがお前を必要としてやる。そう、わが忠誠を果たすための道具としてな…。」
＊ ＊ ＊
■ケイプヘイシャン -アクアリィ7歳−
海沿いの断崖絶壁。海から見上げて１００ｍ程度の高さの崖の上に小柄な老人と水着を着た少女が並んで立っている。断崖には丸太が何本か意図的に刺さっているようだった。
「今日は空中戦の修行だ。崖に刺さっている一番下の丸太に降りろ。途中の棒に降りずに空中での身のこなしだけで辿りつけよ。」
少女は呆然とした表情で赤い瞳を老人に向ける。
「なぜすぐに返事をせん！」
老人がどなって腕を振り上げると少女は無表情から一転して異常なほど怯える。腕で体を抱きしめて小さくなりながら振るえる。
「ごめんなさい。ごめんなさい！すぐにやるから叩かないで！蹴らないで！許して、許して、お祖父さま！」
怯えてひたすら謝り続ける少女に振り上げた拳をどうしようか思案していた老人はとっととしろといわんばかりにあごをしゃくる。少女は恐怖で固まった体を無理やり動かしてすぐに崖際に行く。水泳の飛びこみのような姿勢で下を覗きこみ集中して目標へのルートを考える。そして１００ｍのダイブをしようとしたその時、
「さっさといかんかぁ！」
老人が少女の尻を蹴り飛ばした。少女は突然の激痛に目がくらむ。そしてハッと気がついた時には遅かった。
ドカ！ゴン！ベキ！ドボ―――ン！！！
崖にさされた棒に体を打ちつけ弾かれて最後に海中に沈みこむ。異能者でもこの高さでは絶望的だ。しかし浮かび上がってきた彼女はまだ生きていた。全身にヒドイ打撲と骨折があったが確かに息をしている。反射的に頭をかばい致命傷にならないよう体を動かしたおかげだ。気絶し瀕死ではあったのだが。
崖の上からアクアリィの状態を眺めた老人はいまいましげに舌打ちをすると興味を無くしたかの様に屋敷へと一人で戻っていった。
＊ ＊ ＊
額にあたる冷たい感触が気持ちいい。ゆっくりと目が覚めていく。
「アクアリィ？」
目を開けるといつも通りのやさしい顔をしたおばあちゃんの顔があった。大きな丸眼鏡がちょっとずれていていて愛嬌のあるいつもどおりのおばあちゃんの顔だった。
「あたし…、今日も…また…？」
しゃべりながら起き上がろうとしたあたしをおばあちゃんはやさしく押さえるともう少し寝てなさいって言った。でもそんなことをしていたらお祖父さまがどれほど怒るか。考えただけでも体が震える。あたしのそんな怯えに気がづいたのかやさしく頭をなでてくれた。
「大丈夫よ。お祖父様には怪我がひどいから今日は無理って言っておいたから。」
ちょっといたずらっぽくウインクして笑うおばあちゃん。その言葉にあたしは安心する。お祖父さまの修行で失敗して大怪我をするあたしをいつもあばあちゃんは魔法で直してくれる。そしてその時にこんなふうにちょっとだけ休める時間を作ってくれる。あたしはやさしいおばあちゃんとゆっくりと出来るこんな時間が一番好きだった。あたしの嬉しそうな顔を見たおばあちゃんは笑っていたけど、ふと悲しそうな顔をした。
「こんな事しか出来なくてごめんなさいね。アクアリィ…。」
やさしくおばあちゃんが頭を撫でてくれる。きもちいい。
「どうしておばあちゃんがあやまるの？おばあちゃんは悪いことなんかしてないよ？」
おばあちゃんはあたしの言葉を聞いて泣きそうな顔になった。
「あたしに出来るのはこんなちょっとのお休みだけよ。ほんとならお祖父様に言ってあんな酷い事を止めさせないといけないのにね。
でも…、ゆるしてあげてとは言えないけど、お祖父様も可哀相な人なの。本当に欲しかったものが手に入らなかったから残った忠誠って感情にすがって生きる事しか出来ないの。だからどうしてもおばあちゃんにはあの人を止めることが出来ないのよ…。」
途中から難しくって良く分からなかったけど、おばあちゃんがお祖父さまの修行のことで謝ってると分かったからあたしは言った。
「おばあちゃん、あたしはお祖父さまの道具だから役立つように修行しなちゃいけないのよ？今のまま生きてていても意味がないってお祖父さまも言ってるし。だからおばあちゃんが謝らなくてもいいの。あたしがうまくやれるようになったらいいんだから。ね？」
おばあちゃんを安心させようと思って笑顔で言ったのに、おばあちゃんはなぜか顔をくしゃくしゃにしてあたしを強く抱きしめながら泣き出してしまった。
＊ ＊ ＊
■ケイプヘイシャン -アクアリィ１３歳−
カーン、カーン、カーン。
悲しげに教会の鐘が鳴り響く中を人の群れがお祖母様の棺を墓地へと運んでいく。あたしは形見になった大きな丸眼鏡を握り締める。まだ実感のわかないお祖母様の死。墓標のまえに掘られた穴に棺が下ろされる。黙祷の後にかけられていく土が棺を隠していく景色が歪んで見えた時、あたしは泣いている自分に気がついた…。
気がつくとあたしは部屋でベットにうつ伏せに寝ていた。どうやって戻ってきたのかは全然覚えてない。時計を見るといつもなら夜の修行がある時間。ちょっとドキっとしたけどさすがに今日はお祖父様は弔問客の相手で手一杯だからお休みだった。
「ひどい顔…」
鏡を覗くと涙でぼろぼろになった顔があった。あたしにとってお祖母様はこの家で、いえ世界でただ一人の味方だったのに…。修行のおかげで感情を押さえる事が出来るハズなのにお祖母様の死を考えるとまた涙が出てきてしまう。涙を拭いている時にそばに落ちていた丸眼鏡に気づいた。お祖母様の形見、大事に手に取り机に置く。大切にしまっておこうかな？それとも…。悩んだけど結局身につける事にした。執事に言ってレンズだけ変えてもらおう。お祖父さまには表情を隠す小道具と言えば何も言われないはず…。
お風呂に入り落ち付いたあたしはついにこの家を出る時が来たことを自分に言い聞かせる。もうこの家にいる意味はあたしにはない。前から考えていたのはキーウェストの海軍学校への入学。あそこなら寮だから修行を受けなくてもすむ。なにより今だに恐怖の対象でしかないお祖父様に会わずにすむ。お祖母様のおかげであたしは心を恐怖で完全に支配されなかったけど、命令されればまだお祖父様には逆らえない。小さい頃の責め苦の記憶が逆らう気力を奪ってしまう。だけどあたしはあたし。いつまでもお祖父様の道具でいるつもりは絶対にない。その為にはお祖父様から離れてその呪縛を克服する必要があるのよ。そう決意するとお祖父様に話をするために部屋を出た。
＊ ＊ ＊
■キャスティングリスト
アクアリィ・トゥデス／女／０〜１３歳／ＰＣ
半吸血鬼だった為に親に捨てられ、キチガイじみた軍人の祖父にシュレイム家への忠誠を尽くせと虐待といえる修行を課せられる。その地獄から抜け出そうとした先で待つものは天国？地獄？
ヘリム・トゥデス＆エアトゥリ・トゥデス／ＮＰＣ
実家の反対を押しきり駆け落ちした二人。貧しいながらも幸せだったが授かった娘が半吸血鬼だったと知った時に彼らは…。
ブレイディ・アルフェルム／男／ＮＰＣ（ムンスパＰＣ）
主家と仰ぐシュレイム家に狂気的な忠誠を誓う男。その為にあらゆるものを利用する。ある事件が彼から忠誠以外の感情を消した。
ファリ・アルフェルム／女／ＮＰＣ
精神的に優秀な治癒術師で孫のケガをきれいに直し続ける。アクアリィが心身的に死ななかったのは彼女のおかげ。