AFFIXTUER
■２５８３年３月 自由都市トルロー
ファティマ動乱より海賊都市の名を冠してきたトルローは自由都市と名を変えていた。
「狂獣」の支配より「勇将」アレックス・ナヴァールによって解放され、そして数日前には絶望視されていた「英雄」も無事救出されてトルローに到着していた。
「英雄」そして「勇将」、エストーラの誇る二つの希望を抱き今トルローは評議会勢の勢いが最高に盛り上りを見せている。
だが全てのトルロー住民がその中に含まれているわけではなかった…。
深夜、トルローに寄港中のシュレイム艦隊宿舎の一室…。
「…やめ…て…お祖父様……いや…いやぁぁぁ！！！」
可細い寝言は悲鳴にかわりベットの上で跳ね起きたのは女だった。
その白い肌は死人のごとく蒼ざめ、カタカタと身を振るわせるその姿は、悪夢に怯えたものなのか？
周りを見回しその眼が悪夢より正気に戻ろうとも体の震えはおさまらない。
胎児のように小さく丸まり女は自分に何かに言い聞かせるようにつぶやき続ける。
「大丈夫…。大丈夫よ。あいつはここにはいない。来れない。あたしを……」
しばらくして震えが収まると女はまだ蒼白な顔をあげる。
「もう…これ以上は耐えられないわね…。」
軽く化粧して身支度をすませると女は誰にも告げずにトルローの街の光に消えていった。
同じ頃、トルローの領事館の一室にいる男は眠れず机についたままイラついていた。
苦労して領主になったはずの自分を領民達がまったく認めないばかりかあんな野郎呼ばわりされるは、腐った卵を投げつけられるは、まったく理不尽極まりなかったからだ。
「くそっ、連中はなんで俺を認めないんだ？」
領主になるべくあらゆる手を打って、ついにここまで来たというのに最後の一歩が果てしなく遠く思えて、そう思う自分にイラだつのだ。
「…酒でも飲みに行くか…」
領事館で金になるそうなモノは全て壊れた市街の復興にまわしてありすでに酒の一滴も残っていない。
深夜になろうとも消えない窓の外の明かりを見つめながら決断すると男は領事館を出て夜の闇に灯る明かりを目指して歩きだした。
＊ ＊ ＊
「もう、しつこいわねぇ」
男がその店に入った時、澄んだ女の声がした。
見るとカウンターに座る女に海賊っぽい格好をした太った中年と小柄なチンピラが絡んでいるようだった。
女の方は後ろから見てもスタイルが良い肢体をハデな蒼い服でつつんでいる。
まあチンピラに絡まれやすい格好だろう。
男は店内の誰もが見てぬふりをするか、ちょっとした騒動を盗みみて楽しんでいる連中を横目にカウンターに向かった。
「おい、俺の街で何を下らない事をしているんだ？」
声をかけられた海賊２人はゆっくりと振り返った。
「あ〜ん？ダレ様だぁ？オレ達の楽しみを邪魔するクソバカは〜？」
チンピラ風のチンピラが気勢を上げながら男を睨む。
「ふんっ、ワシは忙しい。サブ、おまえが相手してやりな。」
中年は振り向いて男を一瞥すると興味を無くしたように振り返り、女の腰を抱き寄せて自分の懐に収める。
「バカはほっといてワシラは楽しもうな？」
体をすリ寄せながら言う中年にも不思議と表情を動かさず、女はじっと男の顔を見つめる。
その赤い瞳に魅入って男が動きを止めた。その様子を見たチンピラが男の前に出る。
「もうビビッたのかぁ？自分のバカさ加減が分かったらとっとと帰んなバカ野郎！！！」
そう言いながらチンピラはいつの間にか右手に取り出したナイフで男の顔前を鋭く薙ぐ。
しかし男は反応出来なかったのか、まったく微動だにせずとおり過ぎるナイフを見つめるだけだった。
「おいおい、ブルッてもう動けないのかよぉ？女の前でカッコつけたかったのなら残念だったなぁ。オレ達はルーンマスターなんだぜぇ？ひゃーはっはっはっはっー、ッグワァ！！！」
目の前のチンピラが高笑いをあげている最中、男は無造作に踏み込みチンピラの腹に鉄拳を叩き込んだ。
「…よく吼えるヤツだ。ルーンマスターなら手加減してやらんぞ？」
しばらく腹を抑えてのたうちまわっていたチンピラはよろめきながら立ち上がり凶暴な眼で男を睨つけた。
そして瞬時に両手にナイフを取り出して身構える。
「アニキ！コイツ、ルーンマスターですぜ？おまけにちょいと強くて調子に乗ってやがる。」
その声に女の体をもて遊んでいた中年が女をほりだしてゆっくり立ち上がった。
「ちっ、だらしねぇやつだな。こんなヤツぐらい手間取らずにやっちまわねえか！そんなことだからテメエは何時までたっても下っ端なんだ。」
中年男は腰を低く構えて相撲のような構えを取った。
「はっ！頭の悪いやろうだ。とっとと帰っておけば良かったと後悔しな。」
言うと同時に中年は男に向けて猛烈なスピードで突進する。
だが周りで息を飲んで見守る客には消えた様にしか見えないその動きに男は反応した。
２００キロはあろう中年男の恐るべき突撃をまるで受け止めるかの様に！
その様子を見ることの出来た２人の内のチンピラは中年男の勝利を疑わなかったが、
もう一人は何を思ったかクスリと口元に微かな笑いを浮かべた…。
そして一瞬の後、ドン！！！と重い激突音が店内に響き渡りその方向を一般客が見ると…、中年男の巨体は男に受け止められて停止していた！
「バカな！ワシの突撃を受けただと！？」
中年は驚愕の声を上げるとすぐに顔を怒りに染めてさらに男に圧力をかけていく。
男の足元の床がギシギシと悲鳴をあげたが男の顔色は全く変わらない。
すぐさま気合一閃で中年男の力を利用して巴投げで投げ飛ばした。
巨体にもかかわらず中年の体はテーブルを越えて壁まで飛んでいき盛大に壁にめり込んだ。
「いい突撃だったが俺に通用するほどではないな。」
服をはたきながら中年にそういうとカウンターにいるチンピラに向き直る。
アニキ分の盛大な負けっぷりにチンピラは驚愕し男の顔をマジマジと見た。
「…あっ！テメェはウワサのバカ領主のシャールカーンじゃねぇか！？…ッて、ギャァー！」
悲鳴をあげながらチンピラはカウンターを超えて壁に並ぶ酒瓶の海に突っ込み盛大にガラスを撒き散らす。
チンピラが元いた場所にはシャールカーンが右ストレートのポーズで止まっていた。
「俺が今まで何をしてきたかも知らずに何を言う！」
肩をブルブルと震わせながら今までの冷静さを金繰り捨てて怒りを露にあらわにするシャールカーン。
そのままカウンターに埋もれているチンピラの元へズンズンと向かっていく。
「そうだ。俺が今まで領主になるためにどれだけ苦労したと思っているんだ。
どれだけの傷を負いながらも何度リチャードに挑んできたと思って…。んっ？」
不意に腕に感じた心地良い弾力と重みにふと我に返りシャールカーンはそちらを見る。
いつの間にか中年に絡まれていた女が微笑みかけながらシャールカーンの腕を抱きしめていた。
「あなた強いのね？あたしの為だったら…、もうこれ以上は許してあげて…？」
シャールカーンは微笑みながら言うする女に毒気を抜かれて立ち止まる。
それでケンカが終わりと思ったのか女はパッと明るい笑顔でシャールカーンの目の前に移る。
「それに街でウワサになってる新領主って本当にあなたなのかしら？」
シャールカーンの顔を興味深そうに見つめる女のセリフにせっかく忘れていたイラだちを思い出す。
「どんなウワサか知らないが俺が正真正銘のトルロー領主シャールカーンだ。」
今まで自分を認めなかった連中と同じ反応を女にも想像しながら怒鳴るように言う。
だが女は表情を変えずにシャールカーンの顔をじっと眺め続けた。
「なんだ？」
予想と違う反応に少しいぶかしんでシャールカーンも女を眺める。
「いえ、ウワサは当てにならないものねって思ってたのよ。本当にいい男だわ…。」
女がもっと見ようとしたのかシャールカーンの顔に顔を近づける。
シャールカーンは近づいてくる顔を見ていると不意につい先日、先手を取られてキスをされ手玉に取られたような気分にさせられたリサを思い出す。
同時に思いどおりに手玉に取れなかったリサへのやり場の無い怒りがふつふつと蘇った。
リサにしてやるつもりだった事を思い出し、ふとその通りにグイっと女の頤に手を当てる。
少し驚いた表情を見て、そうだ、リサもこうなるはずだったんだと思う。
そして顔を近づけて強引に唇を重ねる。
女は一瞬だけ目を見開いたがすぐに閉じてシャールカーンを受け入れた。
そうだ、こうなるはずだったんだと再び思う。
しかし俺はなんでいきなり巴投げなんかしたんだ…？
ヤツは魔族だから体が勝手に反応でもして攻撃したんだろうか…？
「ふぅ…強引なのね、もう。」
シャールカーンが考えこんだ所為で長くなったキスの後、、女はほんのりと顔を上気させて少しせめるような目でシャールカーンをなじる。
「…でもそういう男はキライじゃないわよ。」
耳元に唇を寄せてささやくようにそれだけ言うとシャールカーンの腕を取り自分の腕を絡めて身を寄せる。
「夜はまだ長いわ。どこか場所をかえて飲みましょう？」
「あっ、ああ…」
腕に当たる弾力や髪の甘いに匂いを心地良く感じて、付き合うのも構わないかと一緒に歩き出す。
外へでる時にシャールカーンは思い出した様に振り返りカウンターに隠れていたマスターを見る。
「すまなかったな、修理代は領事館宛で請求してくれ。」
それだけ言うとドアをくぐり、次の店を求めて夜の闇へ歩き出した…。
洒落た酒場でカウンターにつく。
「トルロー領主シャールカーンの未来に…乾杯ね。」
ゆっくりとグラスを傾けながら色々とお互いの事を話し合う二人。
酒が進むとたまりにたまった現状への憤りを漏らし始めた。
そしてをそれが逆にお互いの共通点のように思えて話が盛り上がっていく。
「リサ、いやヴィヴィめ！なにがあなたを愛しただ！魔族の分際でふざけた事を言うな！」
「まったくよね。メアリーを助けるつもりならエストーラから逃げるべきだった…よ？
自分に与えたれた艦隊や義務をなんだと思ってるのかしら、ねぇ？」
「…まったくだ！」
「…そうよねぇ！」
既に話がかみ合ってないが、いつの間にか本音をぶつけ合っている二人。
それが一段落した時どちらが先に誘ったのか…？二人は宿屋の一室に移動した。
ウチに秘めたモノを吐き出すためなのか？何かを忘れるようとしてか？
激しく狂おしいくらいにお互いを求め合い続ける。
それは果てしなく終わる気配を見せない。
二人は何かに憑かれたかの様にただひたすら愛しあい続けた。
「…ん、ここは…？」
目を覚ましたシャールカーンは見慣れぬ風景に一瞬自分がドコにいるのか気が付かなかった。
「あら、お目覚めかしら？」
ちょうどその時にドアが開き白いシーツを巻いた女が手に湯気の上がるカップを持って入って来る。
「ああ…、アクアか…、おはよう。」
差し出されたカップを受け取りながら、繋がった記憶が女と過ごした夜を思い出させる。
「さすがに昨日は楽しみ過ぎちゃったかしら…。まだ体に力が入らないわ。」
トンとベットに腰掛けてカップに一口つけた後でアクアリィが微笑む。
「そうだな、確かにやり過ぎたか…だが体はダルイが逆に気分はすごく爽快だ。」
首をコキコキと鳴らし体を伸ばしながらシャールカーンも応えて笑う。
なんとなく穏やかな雰囲気の中、カップのコーヒーを静かに味わう二人。
「俺の女になれ。」
その雰囲気を気に入ったのか、気まぐれか…シャールカーンが言う。
「…良いわよ。仕事があるからいつもって訳にはいかないけど。」
一瞬ポカンとしたアクアリィだったが笑いながらあっさりと承諾する。
ちょうどその時、正午の鐘が窓から聞こえてきた。
「しまった、今日は昼から仕事があったんだ。」
ベッドから飛び起き慌ててアクアリィに手伝ってもらい服を着るシャールカーン。
「そうだ。ソル・レオンを直す為のドック探してるんだろ？俺が許可したって言っていいぞ。」
準備が終わってそれだけ言うと駆け出そうとしたシャールカーンを振り向かせてアクアリィが軽くキスする。
「いってらっしゃい。頑張ってね。」
「また…な。」
シャールカーンは一瞬名残惜しそうな顔をしたが部屋を飛び出していった。
駆けて行く出すシャールカーンを窓から見送りながらアクアリィは何を思ってかクスリと笑っていた…。
＊ ＊ ＊
■キャスティングリスト
シャールカーン 男／３１歳／獣人／１９０cm／１００kg
ついに己が野心を果たしトルロー領主の座についた「野心家」。
領民の心を掴もうと努力中…。
アクアリィ・トゥデス 女／２７歳／半吸血鬼／１６６cm／４２kg
破壊状態だが魔道船「ソル・レオン」を手にした「魔女」。
その行動は何を思ってなのかは誰にも分からない。