AFFIXTUER
■2583年2月28日 セイロン貧民街・宿屋
かかっていたタオルケットをスルリと落としながら寝台の上の少女が体を起こす。
窓からさす月明かりの中にまだ幼き肌をさらしたまま数瞬…。
息すらも止めてしまいそうな静寂の中でその姿はまったく微動だにしない。
見るものがいたら一枚の静物画と思うかもしれないような風景である。
だが少女はゆっくりと動き出し静まりかえった部屋を一度だけ見回す。
さまよう視線には何の感情も映らないがまるで何かを求めているようだった。
リュティアは見回した部屋が今までいた帝宮や蜘蛛の館のものと違う事に一瞬戸惑う。
しかしいつもそばにいた人。その人のそばにはもういられなくなったからだと思い出した。
「マスター…」
その人を想う…。その人は大陸中から恐れられ敬われたりしている人。
リュティアにとっては絶対の存在で、同時に不思議な温もりを感じる相手…。
だが目の前の閑散な部屋の風景はもうその人がそばにいない事を強く意識させる。
そしてその事実はリュティアに胸の奥に暗い寒い穴のように感じるモノを生み出していた。
それは落ちていく…。沈み込む…。今までまわりにあった不思議な温もりを冷ましていく…。
そんな事を考えているうちに寒さを覚えて膝を抱えて頬をのせる。
「マスター…」
そばにいないその人の事を想うとわずかな温もりと最後に触れた手の暖かさが呼び起こせる…。
でもその温もりはそばにいられない事を思い出すとすぐに冷めていってしまう…。
幾度かそんな想いを繰り返し、寒気に身を震わせて自分を抱くように膝をきつく腕で抱える。
「…今までこんなのは無かったの…。」
どうしたら良いの？なにかしたいの？リュティアは自分の考えがまとまらない事を不思議に思う。
その答えはいくら考えても思いつかない…。考えても分からないならどうしたらいいか？
…今まではマスターがそばにいてすぐに聞けた。そして少し困った顔をして答えてくれた。
だけど今はもういない…
不意にリュティアは膝が濡れている事に気がついた。しかしなぜ濡れているのか目が曇っていてよく見えない…。
手で目元をごしごしした時に濡れた頬にも気がついた。いつの間にか涙を流していたらしい。
リュティアには訳が分からなかった。ただ、涙は次々とあふれることを止めず、素肌の上を流れ落ち続ける。
流れ出る涙を止めようともせずにただ呆然としていた…。
しばらくして涙も枯れてしまったのか？その流れが止まる時が来る。
そしてリュティアは正気に戻った時にある想いが胸にあるのに気づいた。
…マスターに会いに行こうと…
「マスターに会いに行く…の？」
自分に問いかける。なぜか答えはひとつしか思いつかなかった。その答えはなぜだかまたあの温もりを思い出させる。
その温もりを失わないようにリュティアはタオルケットを引き寄せて横になった。
すぐに寝付いた寝顔は心無き傭兵ではなく、やわらかい年相応の少女のようだった…。
＊ ＊ ＊
■キャスティングリスト
リュティア・ダルフェン／女／14歳／152cm／38㎏
盗賊団にさらわれて心無き道具として育った過去を持つ。
マスター（メル・フィッシャー）の元で社会復帰の為に自分を作るべく行動している。
今回いつもそばにいたメルがいなくなった事で大きく幼い心を揺らしている