AFFIXTUER

　「遅い………」
　陽の光さす帝都の広場の片隅で、一人だけ闇を背負ったかの様な異端神官。背に負った６枚の黒翼が無意識にぴくぴくと動くくらい、あたしことセレナ・アシュフォードは苛立ちを隠せずにいた。
　「しかも──二人そろって…」
　約束の時刻からすでに１時間は過ぎたが待ち合わせの相手は現れない。今日の約束は数千の人民の命に関わるお互いにとって重要な用件のはずなのに。
　そう先月に公布された聖霊信奉を殺人と同罪とするという皇帝の勅令。
　それに従えない一部の人間達は、帝都を脱出し一路キルパレスを目指している。
　だけどそれも…無駄なことでしかない。
　たとえ帝都から逃げ出そうと、そこも結局ギルガルド帝国の領内であることには変わりないのだからいずれは刈られてしまう。
　けれどもアシュタール信仰へと改宗すればこれからも新しい教えの元で生きていく事ができる。偉大なるアシュタール神の教えの元で………。
　そう考えたあたしたちは彼らを追いかけ説得するために集まる予定だった。
　「何かあったのかしら？」
　ふと彼が聖霊神官である事と最近激しさを増すアシュタール教団の聖霊信者狩りが思い浮かぶ。
　「しかたないわね」
　一杯に広げた６枚の黒翼を羽ばたかせてあたしは広場から帝都の冷たく澄んだ大空へと舞い上がった。
　遠目には漆黒の大鳥にでも見えるかもしれない。
　そのまま彼が寝泊りしているスラムへ向かって飛んだ。
　あらかじめ聞いていた目印はすぐに見つかり、高空から地上の小動物を正確に捕える猛禽の動きで狙い通りに狭い路地の上に降り立つ。
　目の前には一軒のあばら屋。辺りの様子は特に異常は見られない。慎重に気配を探りながら扉に向かいドアを叩いてみる。
　しばらく待っても家の中からは返事は無い。
　けれど耳を澄ますと中から人の話し声が聞こえる気がする。
　中に誰かいるのだろうか？
　意を決してもう一度戸を叩いてみる。

　ガタンッ！！！

　再び声が聞こえた後に激しい物音がした。
　やはり──中で何かが起こっている？
　あばら屋はせいぜい土間と二部屋ぐらい。
　「飛び込むにしても教団のシャドウがいたら厄介ね………」

　−自問自答−

　心を決める。
　「イルムそこにいるの？　アシュタール教信徒セレナ・アシュフォードよ！　入るわよ！」
　ノブをガチャガチャと動かしてみるがカギが掛かっていて開かない。
　状況は一刻を争うかもしれない。
　躊躇している暇はなかった。
　「何かあったの？悪いけど入るわよ！」
　扉を思いっきり蹴りつけると所詮あばら屋。あっけなくカギが吹き飛ぶ。
　踏み込むと同時に中の様子を見たあたしはその場で固まったまま動けなくなった…。

　◆　◆　◆

　皇帝から奴隷まで住む帝都だが、朝だけは全ての者に平等に訪れる。
　貧民の救済を続ける聖霊神官イルム・ナートが仮の宿とする粗末な部屋にも。
　ベットで眠るイルムの顔にカーテンの隙間から朝日が差し込んでしばらく。
　「う……んっ…。ああ、もう朝か〜」
　目をこすりながらイルムは普段よりも遅い目覚めを迎えた。
　「今日は妙に身体が重いなぁ……って、あれっ左腕が？」
　左腕がしびれたように動かない。
　それに加えて温かくて柔らかい重みを左半身に感じる。
　ゆっくり視線を向けると朝日を受けてキラキラと光るものがあった。
　わずかばかり上下する光の波は胸のあたりからお腹まで伸びている。
　「えーと、何…だっけ…？？？　あぁっ！！！」
　金色が途切れたその向こうには白い緩やかな曲線。
　「あぁ…そう…でした……」
　微笑みながら胸に乗る金髪に、そっと手を差しいれて愛しい少女の顔を探り出した。
　昨夜、流したのだろう涙の後にチクリと胸が痛む。
　（痛いけど……この痛みは…先輩との大切な…思い出だよ……）
　いつもの元気な声と違った強がっているような声を思い出す。
　「気持ちはうれしいけど、やっぱり痛い思いをさせておくのは…」
　そっと手を当てて聖霊に癒しを願う。
　「んっ」
　その手に反応してか少女ガルゼリッタ・テンオレンが声を出した。
　「あ、起こしたかな・・・ルゼさん？」
　けれどルゼは身を寄せてイルムの胸に頬をすりすりするとすぐにまたと寝息を立て始める。
　「くー…くー……」
　そのあどけない仕草になんとなく顔がほころんでしまう。
　「ルゼさん………カワイイ…な…」
　思わず柔らかそうな頬っぺたをプニプニと悪戯してみる。
　「うっ、う〜ん、う〜ん」
　ちょっと困った顔が可愛くてついつい続ける。
　しかし………。
　「ふぇっ」
　調子に乗りすぎて何時の間にか泣きそうな顔に変っていて（しまったぁぁ！）と心で叫んだ。
　「えーと、えーと、こういうときは………あぁ、聖霊様、僕はどうすれば！」
　あたふたしても救いを求めてもいい案は浮かばない。
　「…せ…んぱい……行っちゃ…や…だ……」
　うなされているルゼは悪い夢でも見ているようで呟きがもれる。
　ルゼさん………夢に僕が出ているのかな？
　夢に見るまで想ってくれているのかな？
　あぁ…僕は幸せです………
　「…あっ……せんぱ…い……そんなことしちゃ………」
　ルゼさん、またボクの事を…
　「だめだっ！」
　はっ、はいっ！　っと寝言か、驚いたぁ。
　おっとボーとしている場合じゃなかった。
　とりあえず泣いている幼子を安心させるかのようにそっと頭を撫でながら抱きしめてみる。
　「大丈夫……僕はいつでも…ルゼさんの傍にいます…大丈夫だよ…」
　繰り返し頭を撫でているうちに落ち着いて穏やかな寝息になった。
　「せ…ん……ぱ…い…」
　いい夢になったのか微笑む寝顔にホッと胸を撫で下ろす。
　それにしても、ルゼさんといると胸の奥から温かな思いが溢れてくる。
　大切な人が幸せな顔で傍にいてくれる、それだけの事がこんなに嬉しくて仕方がないだなんて…。
　あぁ、どうすればこんなに幸せだって伝えられるのかな？
　僕に応えてくれたルゼさんに…この想いをなんとか伝えたい。
　「……だけど…」
　僕だけがこんなに幸せでいいのだろうか…？
　そう思うと生活に苦しむ貧民と呼ばれる人たちを思い出す。
　彼らはいつだって救いを求めて頼ってくれているのに、僕には何も出来てはいない。
　聖霊に救いを求める彼らを守る抜く事も出来なかった。
　だから彼らはここからキルパレスへ逃げ出す事になってしまった。
　僕は彼らを助けたい。
　アシュタール教団の信者に殺されるなんてことだけは絶対にさせない。
　その為になら僕の全てを捧げてもいい……と思う。
　もちろんルゼさんも大切だけど、僕は絶対に彼らを見捨てて自分だけ幸せにはなれない！
　聖霊に捧げた自分の心を裏切る事は出来ないから………。

　イルムが思い悩んでいる間にガルゼリッタも目覚め始めた。
　「う〜ん」
　温かくて心地良いものに包まれていたボクはゆっくりと目を開く。
　そうしたらとっても優しい笑顔でイルム先輩がボクを見つめていた。
　「あっあれ…？　先輩…？　えーと………おはよう…ございます……」
　まだ頭がぼぉーとしているけど心地良いのは先輩だったみたい。
　「はい…おはようございます、ルゼさん。」
　なんだか先輩は赤い顔してる。風邪とか引いてるのかなぁ。
　ちょっと寒いのでボクは身体を乗せている先輩にぴったりとくっつく。
　「先輩の胸って広くてなんだかホッとするなぁ………」
　なんだか嬉しくて先輩の胸板に頬っぺたですりすりしてみる。
　小さい頃によくナル姉さんが抱きしめてくれたけど全然違う感じだ。
　…やっぱり安心できて気持ちいいなぁ……
　寝起きのまどろみの中でボクは心地よさをたっぷり感じる。
　…あれっ？…なんで先輩がボクのベットにいるんだろう？？？
　ふっと思いついた疑問。
　周り見直すとカーテンの隙間からの光が部屋を照らし出していた。
　部屋は調度品もほとんど無い質素なものでここは自分の部屋で無い事に気づく…。
　？？？
　えーと昨日はボクは何してたんだっけ？
　先輩の上でじっと考えてみると昨日の事を一気に思い出した。
　だんだん恥ずかしさで顔が赤くなる。
　もしかして、ボクはすごいカッコで先輩にひっついてたりする？
　恥ずかしくて死にそうだけれど、このままじっとしている訳にもいかないのでそぉーと顔をあげる。
　あぁぁぁぁ、先輩の顔が赤かったのはやっぱり…。
　うぅっ、はっ、恥ずかしすぎるぅぅぅーっ。
　…あれっ？
　「せっ、せ…んぱい？」
　先輩も顔が真っ赤になっていって…ボクも一緒に顔がすっごく熱くなってく……
　あぁ、もぅ〜どうしたらいいんだよぉ！
　しまいになんだか頭がボーとしてきたよ。
　何時の間にかボクの目には先輩の顔しか映らなくなってた。
　…ああ優しそうな顔してるのに昨日は強引だったなぁ…とか、
　…あんまり男！って感じしなくてもやっぱり男の人なんだなぁ…とか、
　いつの間にか先輩の事ばっかり考えていた。
　先輩もボクの顔を見てじっとしているけどボクの事を考えてくれてるのかな？
　ボクは恥ずかしいような楽しいような優しいような気持ちになってなんだかとってもくすぐったい気分。
　「ルゼさん、えっーと………大丈夫…かな？」
　先輩が心配してくれてる。
　「もう大丈夫だよ…先輩こそ大丈夫？」
　あれっ？先輩の顔が赤くなったりあたふたしてる…カワイイかもっ。
　「いや…僕は…その…男だから……ね」
　あれっ？？？
　もしかして…昨夜の事…言ってるのかな？
　もうっ、先輩優しいのは嬉しいけど、そんな恥ずかしい事を聞かないでよぉぉ。
　そういえば変な感じは残ってるけど…痛くないかなぁ？
　「うん、もう痛くないから…大丈夫だよ………」
　恥ずかしさで声が小さくなっていっちゃったよぉぉ。
　もうボクにこんなに恥ずかしい思いをさせて！
　「そうですか…良かった…どんな理由でもルゼさんが痛いのは嫌だからね」
　ボクの気もしらないで先輩は安心したみたい。
　でもボクの事を心配してくれてたんだから許してあげようかな。

　治癒の手を使ったから大丈夫とは思ったけどルゼさんの言葉で一安心。
　後はさっきルゼさんの顔を見ながら考えていた事を伝えないと…。
　しかし、いざ伝えるとなると…緊張する…かな。
　「ルゼさん。僕はこれから…貴方に大切な事を伝えないといけない」
　なんだか緊張で声が裏返ってしまう。
　僕の真剣な様子が伝わったのか、笑顔のルゼさんも真面目な顔になる。
　ルゼさんは体を起こして顔を寄せると僕の目をじっと覗き込む。
　「先輩、大切な事って何？」
　ルゼさんを見て僕はちょっと動揺してしまった。
　昨夜は暗闇の中でよく見えなかったものが、ルゼさんが姿勢を変えたおかげで朝日の中に照らされて僕の目に飛び込んできたから。
　あぁ………見てる場合ではないのについ視線が………
　「先輩？もしかして風邪ひいたの？」
　なんだか顔が熱いぐらいになって、ボーと見入ってしまった僕を心配してくれたルゼさんの手が額にかかる。
　「うーん、ちょっと熱があるかなぁ？」
　ルゼさんが真剣に心配してくれてると言うのに僕はなんて事を！
　でもやっぱり視線が………はっ！このままじゃダメだ！
　僕は気力を振り絞って視線を上げてルゼさんの顔を見る。
　「なんだか順番が逆になってしまったけど…」
　っと、ルゼさんの顔が近づいてくる。
　息がかかりそうな距離に…って…そんな積極的なっ！
　…コツン…
　「…ルゼさん？」
　くっつけた額を離して起き上がるルゼさん。僕も身体を起す。
　「やっぱり、熱っぽいかな？　先輩、大丈夫なの？」
　うっ、さっきより見えてるぅぅ。
　男の子っぽい口調で雰囲気もそうなんだけど、やっぱり女の子。
　昨夜でその事はちゃんと分かったんだけど、見るとまたインパクトが違うのが…。
　って…僕は一体何を考えているんだ！
　「もぉ先輩、調子悪いんだったら寝ないと！………先輩？………あぁぁーーーっ！！！」

　先輩の様子が変だと思ったらボクはなんてカッコでずーっといたんだぁーっ。
　慌ててベットのシーツを引っ張って胸元を隠す。
　さっきから変だったのはじぃーと見てたから？
　もう先輩って結構エッチなんだなぁ、あっ！？
　「あぅっ………」
　ボっボクはわざとじゃないんだ！だってシーツを引っ張らないと隠せなかったし、
　そんなシーツの下から先輩のが見えるなんて！でも…あんな…。
　「ルゼさん？………あぁー……シーツをちょっと分けてください！」
　先輩がシーツを引っ張るのでバランスを崩して先輩の上に倒れ込む。
　「大丈夫？」
　また先輩の顔が目の前に来た。
　「うん………」
　なんだか…先輩の優しい気持ちがくすぐったいよ。
　ちょっと落ち着いたので気になってる事を聞いてみる。
　「ところで先輩。さっき言おうとしていた大切な事ってなに？」
　ボクの言葉に先輩は深呼吸を１回する。
　一体…何の話かな。ちょっと不安な感じがする…。
　「ルゼさんっ！」
　急に出た先輩の大きな声でビックリして心臓がドキドキした。
　「………」
　先輩はなんだかよく分からない表情で声を途切れさせる。

　「…昨日のことで、僕は気づいたんです。僕の本当の気持ちに…」
　僕はゆっくりと言葉を紡ぐ。
　「僕は今まで…ルゼさん…あなたに支えられてきたんです。そして、いつの間にか…僕はあなたを見つめていた…いや、今思えば、初めてあったときから…あの時から…ずっと僕はあなたを見つめ続けていた…」
　初めてあった時の出来事が今でもすぐに目に浮かぶ。
　「僕の中には…いつもあなたが居ます」
　小さい頃から今の姿までのいろんなルゼさんの姿が僕に笑いかける。
　「…僕は…あなたを愛しています…。世界中の誰よりも…初めてあったときからずっと…。そして、ルゼさんは僕の愛に応えてくれました…」
　昨日確かめた…今もあるぬくもりはウソじゃない。
　「これからも…僕の側に居て欲しい。これからも僕を支えて欲しい…。そう、ずっと…！」
　じっと聞いているルゼさんの肩をつかむ。
　「今の僕には…あなたしか居ない…」
　ゆっくりと抱きよせる。
　「僕が…幸せにして見せます」
　ルゼさんを抱きしめて温もりをもう一度確かめる。
　「全てが片づいて…落ち着いたら…」
　最後に僕の想いの強さを伝えたい気持ちで思いっきり抱きしめる。
　「僕と…一緒になって欲しい…」

　先輩の言葉を聞いて、ボクは涙が止まらなくなった。
　「もう…先輩…良いに決まってるよ…」
　だいたいそので無いなら昨日みたいな事なんて…出来る訳ないのに…
　「でも、ちゃんと言ってくれてうれしいな。」
　ボクも先輩の首に腕を回して抱き返して先輩をいっぱい感じる。
　「ルゼさん、くすぐったいですよ」
　笑ってる先輩を見るとボクもちゃんと言いたかった事が素直に言える気がした。
　「先輩、ボクも大好きだよっ！」

　ドンドン！ドンドン！

　「「えっ！？」」
　突然響きわたるドアを叩く音。僕はルゼさんと顔を見合わせる。
　「誰かな？」
　せっかくのいい雰囲気を邪魔されてルゼさんがちょっとふくれてる。
　誰かが今日の仕事で呼びにきたのかな？
　僕も残念な顔をするルゼさんと同じ気持ちかな。
　「居留守にしちゃおうよ先輩。今日ぐらいはお休みしてもいいよね？」
　ふと悪戯っぽく目を輝かせたルゼさんに僕の心はあっさり負けました。
　「そうですね…今日ぐらいは…聖霊様も目を瞑ってくれるでしょう」
　ベットの上でシーツにくるまって肩を寄せ合う。
　「そうだ。今日はボクがご飯を作るよ！ボクの腕前を見せてあげる！」
　自分の良い思いつき満面の笑みのルゼさん。
　「それは楽しみだ」

　うーん、たぶん大丈夫だよね？
　ナル姉さんだって料理は愛情だって言ってたし、でも愛情かぁ、照れるなぁ。
　貴族子女のたしなみとかで習った事は習ったんだけど、何しろ騎士団の仕事が忙しかったからなぁ。
　昔の勉強を必死で思い出しながら何が作れるのか考えてみる。
　………ダメだぁ………よしっ！
　「先輩、何かリクエストはある？」
　とりあえず作るものが決まれば何か思い出すかも。
　すこし考えてから笑顔で応える先輩。
　「そうですね。ルゼさんが作ってくれるものなら何でも喜んで食べますよ」
　あぅっ、この時ばかりは先輩の笑顔が恨めしいよぉ〜。
　ドンドン！ドンドン！
　「えっ、まだいるのかなぁ。しつこいなぁ」
　先輩が苦笑する。
　「仕方ないなぁ。今日はちょっとお休みしますって言いにいきますね」
　先輩はベットから降りて扉に向かう…って
　「せっ、先輩まだ服を着てないよ！」
　振り向いた先輩の全部が見えてちょっと慌てたら…
　ガタンッ！
　ベットから落ちちゃった。
　「大丈夫ですか？ルゼさん」
　先輩が助けおこしてくれたけれど、ボクたち二人とも服を着てない。
　「先輩。扉を開けるの待ってよ。ボク、服着ないと…あれっ、どっ、どこに脱いだんだっけ？」
　慌てて散らばっている服を四つん這いで探しながらかき集めていく。
　ドン！
　「うわっ！？」
　お尻に何か当たって思わずよろける。見たら先輩も同じ事しててお尻が当たったみたい。
　「もう先輩ったら…」
　「ルゼさんこそ…」
　その時聞こえてきた声でボクらはもっとあせる事になった。
　「イルムそこにいるの？アシュタール教信徒セレナ・アシュフォードよ！入るわよ！」
　セレナさん！
　そうだった今日はセレナさんと一緒に出かける予定だったんだ！
　先輩も忘れていたみたいであっと言う顔になる。
　ガチャガチャ。
　って、ああ、もう入ってきそうだ！
　急いで服を着ようとしたけど慌てている所為で上手くいかない。
　先輩も目の前であたふたしている。
　「何かあったの？悪いけど入るわよ！」
　ああ、もうダメだぁ〜〜
　せっぱ詰まったボクたちは思わず抱き合っていた。
　ふわぁっ
　そんなボクたちを白いふわりとした物が包みこむ。
　白く輝いてキレイ………先輩の…羽？

　バタン！

　飛び込んできたセレナさんはボクたちを見て固まってしまった。
　なんて言ったら良いのか分からない表情のセレナさん。
　じっと見られると先輩の翼で隠れていても恥ずかしいなぁ…。

　−沈黙−

　「あのぉ、セレナさん…すこし外で待っていてくれませんか？」
　しばらくしてから凍りついた雰囲気の中を先輩の声が部屋に響いた…。

　◆　◆　◆

　それから大急ぎで準備を整えた僕達はルゼさんに借りた馬で貧民達を追い始める。
　僕は馬に乗った事が無かったのでルゼさんの後ろにセレナさんは一人で乗る事にした。
　「まったく…あなた達は人をさんざん待たせて…心配までかけておいて…」
　帝都を出てからセレナさんは前でずーっと文句を言っている。
　うーん、かなり怒ってる。
　仕方ないので反省して聞いておく。
　でも僕には貧民達に追いつく前にまだ伝えないといけない事がある。
　「ルゼさん」
　前に座って馬を操るルゼさんに小声で声をかける。
　「一つだけ約束してくれませんか？」
　肩越しにルゼさんがどんな約束か聞いてくる。
　「僕に何があっても気にせずに貧民の皆を助ける事を優先すると…」
　僕の言葉に驚いたのか慌てて振り返る。
　「先輩、ボクにそんな事が出来ると思ってるの？」
　それは確かにルゼさんには無理な気がするけど、それでも。
　「実は僕にちょっとした考えがあるんです。」
　その言葉は嘘じゃないけど。
　「その為には何があっても気にせずに貧民の皆を助けて帝都で僕を信じて待っていて欲しいんです。」

　チュッ。

　前をいくセレナさんがあっちを向いているスキにルゼさんの唇を奪う。
　驚いた顔をした後、赤くなって下を向いて照れるルゼさん。
　と言いつつ僕も恥ずかしい。
　「うっ、うん。先輩がそう言うのなら分かったよ…先輩はウソなんかつかないもんね。信じるよ。でも本当に大丈夫なの？」
　照れながらも真剣に心配してくれる言葉が僕の胸に刺さる。
　でもそんな思いはルゼさんには決して見せたりしない。
　「僕はこう見えても聖霊や炎王風王の加護を受けているんです。心配しないで」
　本当に帰って来る事ができるのか？
　僕が考えているような状況になれば…。
　その時にルゼさんを巻き添えにするわけにはいかない。
　僕の大切なルゼさん…。
　想いが溢れてどうしようも無くて、もう一度唇を重ねて抱きしめる。

　ポクポクポクポク。
　あたしの乗る馬の小刻みな足音が、鉄甲都市に向けて南下する街道の上をリズミカルに響いていく。
　しばらく愚痴ったお陰で胸の中のモヤモヤした物を吐き出せたのかようやく落ち着いてきた。
　「まあ、あなた達がそういう関係になった事には素直におめでとうと言わせてもらうわよ。だけど──」
　務めて平静に振り向いたあたしの目には重なり合って熱いキスを交わす二人の姿が映る。
　「ふふ……うふふふふふふ……」
　あたしの不穏な笑い声に二人がこっちを見た。
　　「あ〜〜ん〜〜た〜〜た〜〜ち〜〜は〜〜〜〜」
　自分でもこめかみの辺りがピクピクとするのがはっきり分かるわ。
　「いいかげんに──しなさーーい！！」
　あたしの召喚した精霊たちがまだ人目をはばかることさえ知らない生まれたばかりの恋人たちを盛大に追いまわした。
　この程度で心を乱すとはあたしもまだまだ修行が足りない──とはまったく全然考えもしなかった。

　◆　◆　◆

　幸せいっぱいの思い出が流れていく。
　すぐ先に待つ運命がやって来るまでのほんの一瞬の間に…。

　＜おしまい＞

■コメント
　第２回２４Ａアクションの時に一緒に行動してる３人のお話です。
　３人の詳細は名簿パートを参照してください（笑）
　この回のノベルでイルムさん（翼人）は塩に…これ読む前にノベルを読んでもらえるとうれしいって感じです。
　しかし・・・セレナさんゴメン（笑）

　そしてＭＲＺさん、そろもんさん、ご協力ありがとう！！！