AFFIXTUER
■聖暦８０１年、帝都・黒百合屋敷
私は精霊神殿に修行に出ているガルゼリッタに戻るように手紙をしたためて使いを出してから、ルゥナリアとアシュラスの二人を呼んでこれからの事を話す事にする。
二人にはなんの苦労も掛けたくは無いけれど、私の力だけでは今を乗り切ることが出来そうにないから…。
「ナル姉上！何故なんだよ！父上はあの女に殺されたんだぞ！」
ナル姉上はひどく辛そうな顔をしている。そんなに辛そうなのに何故なんだ…。
「ナル姉上も辛いんだろっ！そんなに辛そうな顔してるのに…なんで兄上に続いて父上まで殺したあの妖魔に従うなんて言うんだよ！」
顔面蒼白にまでなってきたナル姉上をルゥ姉上が横から支える。
「アシュラスもそんなにナル姉様の決めた事に反発しないで…ナル姉様がどんな気持ちでジュリアーヌ様に従うと決めたか分からないの？ナル姉様は…」
「ルゥ…いいの…いいのよ…」
ルゥ姉上の声をナル姉上がさえぎった。つらそうな顔をキッと引き締めるとボクの目をじっと見た。
「シュラ…あなたがお父様を殺した相手を憎む気持ちは良く分かります…」
いつも優しい色をたたえているその瞳はなんだかひどく悲しそうな色に見えた…。
「だけど皇女の血杯事件は皇女殿下の罠よ…半妖魔である殿下は討伐軍や宮殿において自分の敵となる可能性のある諸侯たちの反感を誘っているの。そう今のあなたのような気持ちの人たちが立ち上がったときに一網打尽にするつもりなのよ…。だから早くその標的にならないように皇女殿下に恭順を申し入れるのです」
そんな…そんな事って…
「それじゃ、あの女の道具としてルドイール兄上は殺されたっていうのか！？ あの女の都合だけで殺されたのかっ！ そんな…そんなことが許せるものか！ それに反感を誘ってたっていうなら…逆に皆であの女を倒してやろうじゃないか！ 父上まで殺されてそんな…従うなんて…間違ってるよ！」
立ち上がり机をバンと叩く。ルゥ姉上がビクッと驚いたみたいだけど、ナル姉上は悲しげに首を振った。
「そんな事をしようとしても無駄死によ…シュラ…皇女殿下に恭順する事はテンオレン家当主としての決定です…従ってもらいます…」
ボクが悪いのか？ナル姉上をこんなにも悲しませているのはボクのわがままでしかないのか？
…違う…絶対に違うっ！…あの女だ…あの女さえいなければ…
「…ごめんなさい。許してとは言えないですね…、でも私にはこうするしか…みんなを守れないの…」
黙り込み拳を握り込んで震えるボクをナル姉上はそっと抱きしめてきた…。
ボクは膨れ上がるあの女への憎悪にどうしようも無く思わず振り払いそうになった。
だけどボクを包み込みこむナル姉上の体が震えているのに気づいたボクは何も出来なくなっていた…。
「シュラはお父様が貴族達を反皇女派へ説得するのに一緒に回っていたのよね？」
シュラはさっきからずっと下を向いたままでしたがわずかにうなづきました。
「その相手を教えて欲しいの。彼らが反皇女として立ち上がるのを絶対に止めないといけないから…」
私の言葉にシュラは顔をあげて目を向けました。その瞳には強い憎悪を感じさせる暗い炎が揺らめきます。
…違うのよ…シュラ…その憎しみは本当は私が受けるべきものなの…決して伝える事の出来ない罪悪の大きさに私はまた潰されそうになります…。
「ナル姉様…大丈夫なの…？」
私の顔がひどい様子なのかまたルゥが支えてくれました。
「大丈夫よ…それにこれは大事な事だから早く対応しないとダメなの…お父様の死は色々な人間の色々な思惑を呼び起こしてしまうから…」
そう、仮にも大貴族であるテンオレン侯爵家。それを支える下級貴族達。次の当主が私と言ってどれだけの人間がついて来てくれるか…お父様の方針であった反皇女を翻す私の信頼はきっと低いに違いないし…。利権を狙ってルゥやルゼ、シュラを当主に推す人もいないとも限らない…３人はそんな事に了承しないとは思うけど…。考えれば考えるほどいろいろな最悪のパターンが思い浮かんでは消えていきます。
「そんなに辛そうなのに…本当にやるんだな…」
シュラはそれだけ言うと覚えていた人たちを教えてくれました。
とりあえずスグに話をしなければならないのは黒百合騎士団将軍のサマーさんぐらい…。あとは…叔母様たちには説明しておいけばとりあえず皇女殿下の所へは行けそうでした。
「それでは今からサマーさんに会いに行きます。シュラも来てくれるかしら？」
また下を向いてしまったシュラはすこしの間をおいてから頷きました。
「それとルゥは一般棟の管理室へいって管理人のアービスさんに説明しておいてくれるかしら？」
ルゥは気丈にもしっかりと頷いてくれます。、
「お父様はアルコール中毒による死亡と公表します。暗殺の件は絶対に秘密よ…。葬儀などの手配を頼んでおいて。」
私は必要な伝達事項をルゥに頼むとシュラを連れて騎士団の本部のある建物へと急ぎました…。
騎士団将軍のサマーはボクもたまに修行をつけて貰ったりしていて良く知っていた。
サマーは父上の忠臣って奴だったからナル姉上にいきなり敵討ちの話をしてきた。
だけど激しい怒りに燃えていたサマーはナル姉上の説得で徐々に理性を取り戻していく。
（あんなに父上の敵討ちに燃えてくれていたサマーを説得してしまうのか…）
サマーの怒りが静まっていくのと反対にボクの心の中には替わりに流れ込むかのように怒りでみたされていった。
「…ですから皇女の元に行きテンオレン侯爵家として恭順を申し入れます。」
もの思いにふけっていたボクの心に不意にナル姉上の言葉が聞こえた。
（…そうか…それだったらボクにだって出来るんじゃないかのか？）
そうナル姉上があの女に会いに行く時についていけば…相手はボクと１つしか変わらない女でしかないじゃないか…。
ボクは自分の思い付いた考えに狂喜した！
そうさ、あの女を殺せるなら…後はどうなったってかまうものか！！！
私は騎士団将軍のサマーさんと話ながらシュラの様子が変な事に気づきました…。
シュラはやはりまだ復讐心を捨ててはくれないようです。
このままでは…シュラは皇女殿下に牙を剥いてしまいます。そして返り討ちにあってしまう…。
そう考えていると私は目の前にいるサマーを利用する事を思い付いていました。
テンオレン家に絶対の忠誠を誓ってくれているこの人ならば…私の提案に乗ってくれるでしょう。
そう考えながら私は自分の手を汚すことにもはや躊躇していない自分に気づいて思わず涙が滲んでしまいました…。
それから慌ただしく物事が進んだ。ナル姉上はテンオレン家の関係者に当主就任の意志を伝えると、あの女に恭順する事を話した。暗殺の話をしていないとは言え父上が反意を現していたのとは正反対の考えに色んな声が出てきた。
でもナル姉上は一人一人面談して納得させていった。２日もたつと過半数の人間はナル姉上に賛同しているようだった
その間にボクは密かに騎士団から必要なものを入手しておいた…。その時にサマーがボクに話をしてきた。驚いた事にサマーもまたあの女が許せずに同じ思いと感じたボクに協力すると言ってきたのだ。ボクとサマーはナル姉上があの女に会いに行く時に一緒についていき、一瞬の隙をついて斬り殺す算段をした。
（待ってろよ…半妖魔の化け物め！ 兄上と父上の敵はボクが取ってやるぞ！！！）
そしてついに決行の日が来た。
一人で行くというナル姉上に対してボクとサマーは断固として反対した。父上を暗殺するような連中なんだぞ！と強くいったらボクとサマーがついていく事に納得してくれた。ただ…ボクに早まった真似はしないようにと言ったナル姉上の目が酷く悲しそうだったのだけが気になっている…。
あの女の私兵がいるという闘技場。今回は内密な話し合いと言う事でそちらに向かう事になった。
そこら中にあの女の下僕がいる廊下を案内されて行くに従ってボクの鼓動は早くなって行く…。
回りの連中がなにか言っているようだがもうボクの耳には聞こえてこない。
あと少し、あと少しであの女を倒して兄上と父上の敵が取れる！その事ばかり考えていた。
と案内人が止まり目の前に現れた大きな扉を開きボク達を招き入れた…。
「おひさしぶりになります皇女殿下。テンオレン家が長子にしてこの度当主を勤める事になったナルリィーナでございます。」
ボクは飛び出しそうになる心を押さえてナル姉上の後ろでひざまずいていた。
最初の儀礼が終わり顔を上げる事を許された時、ボクは兄上と父上の仇であるあの女の顔をしっかりと目に焼き付ける。
そしてナル姉上とあの女が話し込んでいる時にボクの横で控えていたサマーが合図を送ってきた。
（よしっ！行くぞっ！！！）
だがボクは腰の剣を抜きつつ走り出そうとした瞬間！
ガンッ！ 激しい衝撃を倒れこんでしまった。そんなっ、バカなっ！どうして気づかれたんだ！
だが暗転していく視界の中でボクを殴ったのはサマーだという事に気づいた。
…何故なんだ…何故…。
かすかにしか見えない視界の中で皇女に飛び掛かろうとしたサマーが唐突に現れた黒装束の連中に斬り伏せられた。
そして最後にボクの目に映ったのはここへ来る前も見たナル姉上の悲しそうな瞳だった…。
「これで前もって聞いていた通りにテンオレン家内部に潜む反乱分子の処分が終わったのだな？」
ジュリアーヌ皇女の紅い眼が私の心の奥まで見透かそうとしているようでした。
私はその眼を振り切るように臣下の礼を取りつつ、その問いに御意と答えを返しました。
「…兄上の犠牲は決して無駄にはせぬ。」
皇女殿下はお兄様の事もお父様の事も存じておられるご様子でした。
「はい、兄の死が無駄でなかった事を皇女殿下が証明して下さる事を信じております。」
今度は私は皇女殿下と視線を合わせるように答えます。
「兄も父も生前に皇女殿下のお役に立つ事が出来ませんでした…。二人に変わり若輩ながら私が全力を持ってお力になりたいと考えております。初めに失礼ながら皇女殿下には使いこなす事が困難な諸侯達ですが、私がうまく動かしてみせたいと思います。」
皇女殿下はホゥと興味を引かれた様子でやってみろとだけ言いました。
要件の済んだ私は外に控えさせていた黒百合騎士団の騎士にアシュラスを任せて引き揚げました。
テンオレン家の為に自ら命までかけてくれたサマーに心の中で黙祷を捧げながら…。
ガタッガタッ…。
ボクは激しいゆれと音のせいで目を覚ました。
暗い……。
目が慣れてくると夜道を走る馬車の中のようだった。隣にはサマーの腹心だった騎士がいた。
「…なんでボクはここにいるんだ？」
ボクの質問に騎士は沈痛な顔で説明を始めた…。
どうやらサマーはボクが一人で皇女を暗殺しようとしたのを止めたかったらしい、
だがただ止めただけではボクが諦めないという事も分かっていた。
そこでアイツは命を懸けてボクに皇女を暗殺しようとした者の末路を教えたというのだ…。
「そんな…サマーの死はボクの為だと言うのか…そんな…事って…」
ボクはサマーに対するなんとも言えないやるせない感情でいっぱいになった。
たしかにサマーを一瞬で斬り刻んだあの連中相手では今のボクでは傷一つ付けられずに倒されていた…。
「あとナルリィーナ様から伝言です」
騎士は姉上がボクに学園都市エルソフィアに留学するように申し渡したと言った…。
今のボクには帝都は危険過ぎるからと…。
ボクはどうすれば良いのか…考えがグルグルと回るばかりで何の答えも見出せなかった。
ボクはどうしたらいいんだ…。兄上…父上…姉上…、ボクは一体どうしたら…。
＜終わり＞
■キャスティング・リスト
アシュラス・テンオレン／ＰＣ／テンオレン家次男（１２歳）
熱血少年。家族を愛していてルドイールを殺したジュリアーヌを憎んでいる。愛称：シュラ。
ナルリィーナ・テンオレン／ＰＣ／テンオレン家長女（１５歳）
あまり感情的にならず温厚な性格だと言われている心に芯の通った少女。
本当は感情的になるよりもまず思考してしまうだけである。愛称：ナル。
ルゥナリア・テンオレン／ＰＣ／テンオレン家次女（１３歳）
音楽を愛するおとなしい少女。ガルゼッタの双子の姉。愛称：ルゥ。
サマー／ＮＰＣ／黒百合騎士団将軍
黒百合騎士団を預かる将軍。テンオレン家に忠誠を傾けている武人。
※黒百合動乱・ナルリーナの章の続きになります。