「紅」

AFFIXTUER

■およそ４００年前

　虫の囁きすら聞こえない静かな…本当に静かな夜。
　今宵は約束の刻。
　この山に住む神への供物を捧げる刻。
　３年に一度、９月の４日に山の祠に神の花嫁として生娘を捧げる刻…。

　ザッザッザッ。
　輿を担いだ若い衆が立てる足音だけが山に響く。
　男達は重労働をしているにも関わらず山に漂う冷たい気配に一様に冷や汗をかく。
　「おい、本当に大丈夫なんだろうなぁ…」
　一番若い男が囁く。
　「しっ、静かにしろ。じゃないと大丈夫じゃなくなるかもしんねぇ」
　すぐに横にいる男が諌める。
　「山の神様は五月蝿いのがお嫌いって話だからな」
　そんな男達の上の輿の中では白無垢に身を包んだ美しい少女が静かに座っていた。
　その目は閉じられていて何を考えているか伺う事は出来ない。

　静か過ぎる林に囲まれた山道を進んでいくと輿を担ぐ男達に神を祭る祠が見えてくる。
　そして小さい祠の前には赤い…紅い…髪をなびかせ、同じ色の着物に身を包んだ女がいた。
　花嫁を連れて行くといつも現れるという神の使いとも神そのものとも言われる妖艶な女だ。
　男ならほっておけないような美しさながらもその雰囲気は恐ろしいまでに異質で恐ろしかった。
　籠を抱えてきた男達はさながら蛇に睨まれた蛙のごとく動けなったようだ。
　「娘よ…。わたくしの前までおいでなさい」
　その声は女の撒き散らす雰囲気と裏腹に穏やかで優しげなものだった。
　操られているかのようにカクカクと動く男達がゆっくりと輿が下ろされる。
　御簾に手が差し入れられて中から少女が姿を現した。
　その顔を見て…いや娘から立ち上る霊力をみて女が感嘆する。
　「これは…久方ぶりに良き花嫁ですわねぇ。さぁ、おいでなさい」
　女の声に少女が歩を進める。ゆらゆら揺れる様は自分の意志とは関係なく誘われているようだ。
　目の前まで来た少女は瑞々しい精気と霊力を放っているのを満足げに見ると女は男達に下がるように命令する。
　男達がゆっくりと後ろに動き出したその時…。
　「ぐっ…なに…？」
　女の腹には少女が何処からか出した長刀が突き刺さっていた。
　見るものが見ればその長刀がご神体と呼ばれる霊気で出来た武具である事が分かる。
　「ほぅ…わたくしにこのような振る舞いをするとは…愚か者ですわねぇ」
　その声に応えるように長刀が抜かれる。
　女の腹から吹き出たのは赤い血ではなく緑色の体液だった。
　「わたくしを何者か分かっての狼藉かしら？」
　一旦離れた少女の周りには輿を支えていた男達が戻ってきて守るように立っていた。
　よくよく見れば全員が輝かしい霊気を放っている。
　「くっ、只刺すだけのモノではないようですわね…」
　ふさがらない傷に腹立たしげに言う女だったが不敵に笑った。
　それと同時に今まで以上に吹き飛ばされそうな殺意と妖力が吹き出る。
　「わたくしは紅の藤原紅鞠。あなた様方を喰ろうて傷を治す事にしましょう」
　言うと紅い髪から長い２本の角が伸び、脇から服を破って左右２本づつの硬質の足がでる。
　手と足も硬質化していきながら臀部が大きく膨らんでゆき服を破ったその下からは黒と赤の硬質な殻が現れる。
　そしてその身体は異常なほど大きく膨らんだ。
　もはや人の身ならば見上げるほどの大きさ・・・大体全長１０ｍを越えるほどの大蜘蛛が現れた。
　「これほどとは…」
　初めて少女が声を出す。
　「まぁ、だからこそ若宮と物部から我等が来たのだ。恐れる事は無い」
　男二人もまた頭部に角をもつ鬼へと姿を変える。
　残る二人は杖と槍をどこからともなく手にしている。
　「江戸の礎となってもらうか。藤原紅鞠」
　鬼の若者が叫び、少女もまた長刀を持ち駆け出した。
　そして３日３晩続き山が崩れたともいわれる激しい戦いのすえ、生贄を要求する悪しき妖魔は姿を消したのだった…。


■過去から現代

　「暗いですわねぇ…」
　戦いに敗れていく年が経ったのだろうか？
　紅鞠は光なく静かな空間に封じられていた。
　「力が少しずつ吸われていますわねぇ…」
　どのような封印なのか？
　紅鞠の力は少しつづ、少しづつ奪われていく。
　「静かなのは良いですが…さすがに退屈ですわねぇ…」
　果てる事のない封印の中で少しつづ弱っていき今となっては力は下級妖魔程度に落ちたのが分かる。
　封印された当時でも破れなかった封印をいまさら破る事は方法がまったく思いつかない。
　「わたくしもここまでなのかしらねぇ」
　それも良いかと思いつつもせめて封印した若宮と物部に恨みを晴らしたいとも思う。
　その時…紅鞠へと突然光が差した。小さかった光がドンドン大きくなる。
　「クス、クス、どうやら封印を解いてくれた方がいるようですわね」
　一気に光へと飛ぶ。
　光へと飛び込むと…胸いっぱいに新鮮な空気が入ってくる。
　そして目の前に封印を解いた人物がたたずんでいた。
　「わたくしは藤原紅鞠ですわ。封印を解いてくださったのはあなた様でしょうか？」


■現代

　ゴウッ！神社の境内に炎が煌めく。
　ギィィィィン！暗闇を白刃が切り裂き何か硬いモノと激しくぶつかり合う。
　「綺麗ですわねぇ」
　神社の屋根の上に坐っているのは赤い着物をきた１０歳程度の少女だ。
　どうやって登ったのか分からないが眼下で繰り広げられる戦いを赤い長い髪を風に揺らしながら赤い目で楽しそうに見つめている。
　「かれこれ４００年ぐらいは退屈でしたからこのような遊びに付き合うのも一興ですわよねぇ」
　また竜をかたどった炎が闇の中を飛び人に巻き付き、己の炎で相手を焼いていく。
　「クスクス」
　叫びのたうちながら燃えていく神主姿の男を見ながら少女は楽しそうに笑う。
　その何か異質な輝きを持つ赤い目がふと神社の入り口の方へ向けられた。
　キィィィ！
　激しいブレーキ音と共に車が止まっていた。
　なかから数人が飛び出して駆けてくるようだ。
　手にもった団扇で口元を抑えてふと考えてから眼下をみる。
　「あら…圭子達は……まだ少し遊ぶみたいですわねぇ」
　こちらに向ってくる者たちはどうやらこの神社の守りへの援軍らしい。
　手に武器を持つものや角を生やした者がいるからには力を持つ者のようだった。
　脇に置いた巾着を持つと少女は立ち上がる。
　「それでは少しだけわたくしが遊んであげるとしましょう」
　瞬間、少女の姿は相手の元へと、宙へと跳びだすのだった。

■キャスティングリスト

藤原紅鞠（〜１０６２歳）／ＰＣ／妖魔／雌
　強力な妖魔だったが、江戸の礎として若宮と物部に封印されていた。封印中にほとんどの力を吸い取られたが、封印を平塚圭子が解いた為復活した。