AFFIXTUER
ダッ、ダッ、ダッ。
街灯すら消えて暗く闇に沈んだ街路を数人の男女が駆け抜ける。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
彼らは白い息を吐きながら必死で走っていた。
「あと少しだっ！」
先頭を走っていたリーダーらしき青年が皆を振り向く。
「うわっ」
ドシュッ…後ろを走っていた少年の声と共に何か濡れた音が響いた。
だが誰も後ろを見ない。
いや…彼らの表情を見れば分かる…そこにある現実を見たくないのだ。
「見えたっ！」
その声の先には一軒だけ明かりのついた建物がある。
その明かりは彼らの希望らしい。
「キャァァァ！」
ブツン…ベチャ…今度は少女の声だ。だが後ろから聞こえる声と音を振り切るように、彼らは最後の力を振り絞って体を前へ前へ押し出し、扉に体当たりするように転がり込んだ。
その様子を建物の外で見つめる瞳が暗闇に浮かんだ。
「クククッ、教会に逃げ込めば我らが見逃すとでも思ったか」
「所詮はおろかな人間にすぎんな」
「だが彼らとて魔人だ。さぞ美味い血をわれらに与えてくれるに違いない」
「そうだな」
「さぁ」
恐ろしいほどの数の声あがり舌なめずりと共に響いていく。
「「「「「狩りの時間だ」」」」
バンッ！
教会の大きな木の扉が弾け飛ぶと一気に黒い闇が広がった。
ザァァァァァと教会の広間を闇が覆い隠していく。
「見つけた…見つけた…見つけ…」
闇に無数の目が開き広間の最奥にある祭壇に固まる青年たちを睨む。
明かりの中にいる青年たちは修道服を来た修道士たちのようだ。
だが…手に銃や剣を持っている。
それらは闇に向けられていて戦う意思を見せているようだった。
「無駄な足掻きを…まぁその方がわれらは楽しいがな」
青年たちの前に５つほど闇が集まって人型となる。
「われらの邪魔をしてくれる連中だからな。じっくりといたぶってやりたいからなぁ」
ニヤリと笑う口元から鋭い犬歯が伸びる。
「そうよ、我々の眷属を狩る憎き聖マルグレーテ修道会の犬は普通に引き裂くだけでは物足りないわ」
上げた手の先に鋭い爪がジャキンと伸びる。
「上級ヴァンパイヤ…」
青年たちの額に汗が伝う。
「どうしたのですか？皆さん」
のんびりとした声と共に青年たちの壁をどけて一人の少女が前に進み出る。
上から下まで真っ白の修道服に身をつつんだ少女は青年たちに振り返った。
「大丈夫ですか？何か不安があるなら私が主にかわり聞きますよ？」
周り中闇につつまれ背後に上級ヴァンパイヤを置きながら少女の笑顔は変わらない。
不思議と神々しい笑顔は青年たちの緊張をほどいていくようだった。
「そういえば…」
少女が上級ヴァンパイヤ達に振り返る。
「ゴミ掃除がまだでしたね」
上級ヴァンパイヤの一人が飛び出す。
少女の言い分に腹を立てたというよりは…霊力に満ちてあまりに美味しそうな少女の血への吸血衝動に耐えられずにだ。
せまるヴァンパイヤを見ながら少女の手が胸の前で合わされ祈る。
フワリ…
そんな音がするかのように柔らかい光が少女の胸元の前に集まって弾けた。
光に目をくらませられながらもヴァンパイヤは少女目掛けて鋭く伸びた爪先を突き刺す。
だが少女は踊るように恐るべき死の爪先からスルリと逃れると右手につかんだ光をヴァンパイヤ目掛けて振り下ろした。
「主よ！」
ボンッ！
ヴァンパイヤは驚愕した表情を浮かべる間もなく一瞬で黒いチリになって消滅する。
その出来事に青年達も上級ヴァンパイヤ達もその下僕である闇を構成するヴァンパイヤ達もあっけに取られた。
ただ一人、少女だけが何事もなかったかのように白く輝くレイピアを片手に微笑んでいる。
「バカな！？」
声と共に一瞬で天井まで跳び天井を蹴って高速で襲い掛かったヴァンパイヤも白銀の剣をマントに掠っただけで黒いチリに変わった。
さすがに残った上級ヴァンパイヤ達も強敵と見て警戒する。
「でも…しょせん一人では何も出来ないわ」
ヴァンパイヤの腕が振り下ろされると同時に闇が…数百のスレイブが一気に襲い掛かる。
青年達が後ろから銃撃を開始したところで津波のごとき闇は留まらない。
「主よ。我らに清浄の加護を！」
掲げられた白銀の刀身より光が放たれると黒く押しつぶされそうだった雰囲気が一気に変わった。
「ギャァァァァァァァ」
教会内が光あふれるような清浄な空気につつまれる。
闇は先ほどまでの圧倒的な雰囲気など微塵も感じさせず、ただのたうち苦しんでいた。
「くっ、浄化の結界か…だが…」
上級ヴァンパイヤたちは配下のスレイブが先ほどまでと違い青年達の銃撃になすすべもなく倒されていくのを見て決意した。
「貴様さえ倒せばっ！」
３体の影が上左右から少女に一気に迫る。
少女の動きも熟練したものだったが同時に３体を裁けるほど達人というものではなかった。
勝利を確信して上級ヴァンパイヤの口元に笑みが浮かぶ。
「所詮、古の貴族たる我らに人がかなうわけも無し！」
少女は諦めてしまったのか？
手から先ほどの剣を消滅させて目を閉じていた。
「主に授かりし神剣よ。穢れを払う力を私に授けたまえ」
その言葉に呼ばれてモノが少女の胸元から服を破って現れる。
（なんだ？）
ヴァンパイヤ達は疑念を浮かべつつも一気に勝負をかけようと加速する。
そして少女は自らの胸元から生えた十字架を模した柄を握って一気に引き抜く。
ドバッ…ビシャ…ビシャ…ビシャ…
激しい水音と一緒に胸元から大量の血が吹き出た。
「シスター！」
周りを固める青年から悲鳴があがる。
だが少女は振り返らずに、血まみれの姿で手にした光り輝く白光のような剣を振るう。
「主よ！全ての浄化を！」
ジュッ！
何かが焼かれ蒸発するような音と共に光が乱舞した。
一瞬。
たった一瞬で。
全ては終わっていた。
「ふう、１年と言う所ですね」
手にした剣を自ら胸元の元の場所に刺して片付けると少女は青年達を振り向き微笑んだ。
＜終わり＞
■キャスティングリスト
クリソベリル・シース／女、１７歳／ガーディアン、ジャッジ
妖魔滅殺を掲げる「聖マルグレーテ修道会」創設時より参加している神具の民の一員。
魔界出現によりその消滅のために派遣されることになる。
絶大な浄化能力を誇る神の剣の具現化とその力の行使はシースの命を吸い取って行われる。