「ルナサガ」 プラリア 作者：白拍子さん 掲載日：２００１．７．１２
ＴＩＭＩＤＯＲＯ
少年は幸せだったのだろう、その時までは。
軍籍を抜け、都を離れ、田舎に引き込み研究に時を費やす両親。
彼らは【力】を持つ物だった、不死者を召喚するという。
それ以外には、ごく普通の家族だった。
白子である事も、両親の異能者の血脈のおかげで苦にはならなかった。
しかし友はできず、家に引き篭り本を読む毎日だった。
そして……
七歳の時、それは起こった……
少女は幸せだったのだろう、その時までは。
父はいなかったが、母はいた。
母は貧民街で生活しているにもかかわらず。
高潔な心と気品そして野心を持っていた。
母は娘を愛していた、そして野心を受け継がせた。
少女も母を愛していた、母に愛されるため少女は母の教えを学んだ。
そして……
七歳の時、それは起こった……
村人、そう普通の人々が家を取り囲んでいた。
村から大きく外れた所に住み。怪しげな、死体を操る者達の存在。
しかもその子供は異形。
村人の恐怖が勝手に膨れ上がり。そして排除のための行動に出るという暴走に至るまで、確かに時間はかかった。
しかし、一度行動に移されれば、それは一瞬だった。
力を奮えば排除できるであろう、しかし両親はそれをためらった。
暴徒は乱入した。
両親の理性の説得はまったくの無駄だった。
少年の眼前で、両親は壊された、そして少年自身も壊されようとしていた。
刃が眼前を通過する。
少年の顔に、傷が刻まれた。
少年の【力】は解放された。
白い肌に刻まれる、召喚する者の名。
少年は命じた『壊せ』と……
血と、人であったモノの残骸が転がっていた。
もうどの部品が両親だったのか暴徒だったのか、見分けもつかない少年は歩き出した。
『ここに留まっていても、僕に利はない、むしろ危険だね……』
理性だけで少年は判断し、生家を後にした。
少年は振り返らなかった。
そこには『モノ』しか残ってなかったから………
少女はまだ恋を知らなかった。
しかし、少女は犯された。
囚われの身となり、凌辱を受けつづける日々。
その未成熟な体には、苦痛と恐怖が染み付いた。
さらに惨い事に、少女の心と身体は砕け散ってしまうにはあまりにも、強かった。
腕に鎖と手械、しかし少女の心には鎖は届かなかった。
母は少女を助けた。
しかし、逃亡の果てに母は傷を負い倒れた。
少女には何もできず、母の死を見守る事しかできなかった。
……飢餓が少女を襲った。
少女は泣きながら母の亡骸を貪った。
『あなたはわたし、わたしはあなた。だからあなたはどんな事をしても生き延びて… あなたなら、女王に…………』
母の言葉が、少女に焼き付く。
『私は…ケモノだ……狼なんだ……だから…だから……』
手を唇を、母の血で染めながら、少女は肉を噛む。
生きるために。
そして、十四歳の時………
闘いはもう終局にむかっていた。
もはや組織的な戦闘は維持できず、個人レベルでの闘いが散発的に起きるのみだった。
血に染まり、屍が覆い尽くす大地は沈みかけた日差しよりも赤かった。
暗く紅いローブをまとった少年は、戦場にいた。
彼は、異界の存在を呼び出し、戦わせる事で食べていた。
そう、傭兵として、戦場にいた。
部隊からは、完全にはぐれてしまった……
もっとも、部隊という組織が維持できていればのは無しだけどね…
それにしても…………んっ？」
遠くから聞こえる、争いの音、まだ戦っている者がいるのだ。
「………」
無言で彼は動いた、闘いの場に。
少女の息が荒い、もう何人切り倒したのか、覚えてはいない。
紅く染まった大鎌を構える少女の眼前に、まだ三人残っている。
しかし、その兵士達は、彼女の凄まじい闘いぶりに踏み込めないでいる。
少女も慎重になった敵に対して、様子をうかがう。
しかし、彼らには勝算があった、彼女の死角からクロスボウで狙撃すべく回りこんだ者が準備を終えていた。
伏せ撃ちで、少女に狙いをつける。
叫び声。
クォーレルが明後日の方向に放たれ、彼は死者に覆い被され、その爪と歯で肉を引き裂かれ続けた。
動揺。
そして、少女が動くのが速かった。
大鎌が一閃する、兵士が避ける、一気に踏み込み、長物に不利な接近戦に持ち込もうとする。しかし、一息も入れずに帰ってきた刃が胴を両断する。
もう一人は、地面からいきなりはいでた死者に引きずり倒され、恐怖の叫びをあげ抵抗するが、それも長くは続かなかった。
最後の一人は、少女に体をぶつけるように突進した、二人はもつれて倒れ、少女は武器を取り落とした。
兵士は馬乗りになり、ナイフを引き抜き突き刺そうとする。
女の左手の中指から、鋼線が閃き、兵士の首に巻き付く、次の瞬間、鋼線は食い込み、派手に血を撒き散らし兵士は絶命した。
少女は無造作に死体を押しのけた、疲れたのだろうかぐったりとへたりこむ。
いや、まるで安酒に酔った酔漢のようだ。
少年は硝子玉のような紅い瞳で、少女を観察した。
淡い金の髪、血で汚れている白質の肌、細身ながら戦士として作られた肉体、喪服のような漆黒の衣装、無表情だが精悍な顔立ち、そしてなによりも突き刺すように雄弁な瞳は、右が金、左が銀の金銀妖瞳だった。
少女が、突き刺すように少年を観る。
銀色の髪、血の気の無い透けるような白い肌、暗く紅いローブに包まれた華奢な体、硝子玉のような紅い瞳、繊細な人形のような顔立ちだが、斜めに走る紅く惨い傷痕があり、それが対照的に凄惨な印象を与えている。
少女が口を開く。
「助けてくれたのだな、あなたの名は？」
少年は、答える。
「シャロン・クロムウェル」
「そう、シャロン・クロムウェルというのですか
私も名乗りましょう、私の名は、ヴィクトリア・テューダー
いずれ、王となるものの名です。覚えておくとよいでしょう」
「……王となるの？」
シャロンの問いに、ヴィクトリアはまるで自分自身に言い聞かせるように語った。
「私にはですね、野望があるのです、イングランドの王座を奪うという野望が……だから、ここで死ぬわけにはいかない！
私は、ヴィーは、闘い続けなければいけないっ！！」
息を荒げ、ヴィクトリアが言葉を切る。
「手伝うよ…共に行くよ……」
シャロンの意外な言葉に驚き、ヴィクトリアは彼の顔を見つめ言った。
「あなたは変わっているのな。ヴィーの言葉を本気にした者など今まで 一人しかいなかったのに」
「本気なの？」
「無論だ！」
「じゃあ約束させて、あなたが王座につき、頭に冠を抱く時、僕のこの手で被らさせてよ…」
「わかった、私と一緒に、私についてきてくれる？」
シャロンは、コクリと頭を動かす。
「そうか、これから私の事は、ヴィーと呼びなさい、あなたの事はシャルと呼びます」
「わかりました、しかし人前では僕はヴィーの事を『ヴィクトリア様』と呼ぶから」
「なぜ、そう呼ぶのか？」
「王者は公式には、対等の者を作ってはいけないのですよ」
「そういうものなのか？ わかった、私も人前ではシャルの事を『クロムウェル』と呼ぶことにしましょう」
二人は十四歳の時、出会った。
血と屍の中で……
太陽は最後の残光を残し、闇が覆ってきた。
戦場を駆け抜けた疲れか、シャルもヴィーも、うつらうつらと寝入ったようだ。
どうやらこの二人は、屍の山の中でも眠れるらしい。
「………？」
シャロンが目を覚ました時、一人だった。
もう、辺りはまったくの闇の中。生きているものが立てる音も無い
いや、微かな水音が聞こえる、不規則に水が跳ねる音が……
シャロンはその時になって、自分の身体が、返り血や泥で汚れているのに気が付いた。
おそらく先に目を覚ましたヴィクトリアも同様なので、近くの川で洗っているのだろう。と、そう判断した。
もっとも、戦で川も真っ赤に染まっているはずだが。
シャロンは、のそのそと身を起こし、川に向かった。
葦を退けて川辺に着くと、シャロンは衣服を脱ぎ全裸になった。
脆弱な、生白い身体、その胸や背に召喚の呪が刺青のように刻みこまれている。
召喚するモノの名が、あるものは紋章のように、あるものは呪文のように、白い肌に焼き付いていた。
川の水に足を入れる。
川の水は赤く染まっているはずだが、どうせ、洗い流すのも血だ
時折ふやけた死体でも流れて来るかもしれないが、おそらく彼らはそんな事はまるで気にしないであろう。
そういうモノを呼び出すのだから……。
膝まで浸かり、水をすくい、身にかける。
もう渇いてこびりついた血を洗い流し、戦場の泥と埃を落とす。
そうしていると、闇の中で、同じような音がする。
どうやら、ヴィクトリアのようだ。
先に来ていた、ヴィクトリアもシャロンに気付いた。
お互いが、近づきあう。
そして、双方が驚愕しあう。
「シャルは……」「ヴィーは……」
「男なのか！？」「女なの……？」
裸身を晒しながら、二人はそのままお互いを見つめあった。
『男…』
ヴィーの心に深く根差した恐怖がせり上がってくる。
無意識に足が後ろにあとずさる。
しかし、川底の泥に足をとられバランスを崩す。
「……！」
声にならない叫びをあげ、ヴィーが転倒してゆくのを見て、シャルは彼女の腕をつかみに、急いで前に出る。
『こないでっ！！』
しかしヴィーには、いま自分に近づいて来る少年は、恐怖の対象でしかなかった。
シャルの手がヴィーの腕をつかむ、しかし彼の細腕ではヴィーの体を支える事はできず、一緒に派手な音と水の飛沫を撒き散らし、縺れながら水に沈む。
「くっはぁっ！」
ヴィーが水面から現われ、新鮮な空気を肺に取り入れる。
数瞬の後、シャルも水面から現われる。
彼は、自分の腕をじっと見つめ、呟く。
「やっぱり、無理だったのかな……」
ヴィーはシャルの姿を認め、警戒しながら問う。
「おまえは…おまえはヴィーを襲わないのか！？」
「……襲う、なぜなの？」
「シャルは、男だろう！？」
「そうだけど……」
そこで、シャルはうつむく。
「僕は、男なのにヴィーを支えきる事もできなかったよ……」
ヴィーはシャルの裸身を観た。
自分より低い背、華奢な腰、撫でた肩、細い腕、確かに股間には男の証拠があるが、身体の作りそのものは、まだ胸の膨らまぬ少女の様だ。
ヴィーは自分でも驚くほど、冷静にシャルの体を見ていた。
シャルが顔をあげる、白い顔、人形のように整った白い顔。
しかし、そこを斜めに走る、無惨な紅い傷痕。
恐怖より、好奇が心を支配し。
ヴィーは不思議なものを見るように、首をかしげた。
そして、気が付くと近づき、それに触れた。
指先に、ざらりとした触覚が伝わる。
「痛い？」
ヴィーが子供のように無邪気に聞く。
シャルの瞳が微かに揺らぐ。
「まだ、痛いの？」
続けて聞く。
「もう、痛くない…」
そう言うシャロンの瞳を、ヴィーは何かを見つけだそうとするかのように見つめる。
月明かりで、紅玉の瞳にヴィーが映る。
不意に、ヴィーは肌が触れるほどシャルに近寄り、舌でなぞるように顔の傷痕を舐める。
獣のようなその仕草に、シャルの白い肌が微かに朱が刺す。
舌を放し、シャルの反応を、瞳で、肌で、感じながらもう一度聞く。
「この傷がついた時は……痛かったよね？」
シャルの瞳が冷たい硝子玉に戻る。
いま、彼の視界には、ヴィーではなく別の何かを見ていた。
「壊された、だけ……」
「？」
「壊されそうに、なっただけ…だから、僕は命じた『壊せ』と……」
シャルのうわごとような言葉を、ヴィーは聞いていた。
彼女には、いま何を言っていいのか判らなかった、ただ彼の体温が判るほど肌を合わせていた、そしてそれは熱かった。
「！………！？」
不意にヴィーは、シャルの腕に噛付いた。
痛みよりも、あまりに不可解なヴィーの行動をシャルは見つめた。
「…………痛い」
そして、ようやく出た言葉は、さほど痛そうではなかった。
微かなくすくす笑いと共に、ヴィーはシャルの腕から牙を離す。
くっきりとついた歯形に、うっすらと血が滲む。
ヴィーはシャルから少し離れ、両手でおもいっきり水をすくい自分の体に打ちつける。
自分自身の火照りを、冷ますように。
水の雫を身体中に纏い、月光を浴び、惜し気も無く裸身を晒しながらだれにも見せた事の無いであろう微笑みを浮かべて言った。
「ヴィーはね……実は人狼なんだ。月の光を浴びても変身しない狼」
そして、自分の姿を見つめるシャルを見る。
彼の無防備といっていい裸身を見つめ、あらためて男である事を確認する。
「綺麗だ……」
ポツリとシャルが言った、ヴィーの耳にそれが届いた時、ヴィーはシャルの視線から体を逸らし、顔を横にむけた。
『シャルは…男だ……けど…………？』
ヴィーは自分が何をしているのか判っていた、そしてなぜこんな事をしたのか？ 自分でも判らなかった。
いままで、彼女にとって男性は恐怖の対象でしかなかったはずだ。
まして、肌を合わすことなど……
けど、なにかが違っていた。
まだ、その答えは出ない………
『僕は……どうしたんだろう？』
苦しいほどに胸が高鳴る、熱い血が全身を駆け巡る。
病気？ いや、違う、ヴィーに会い、その野心を聞き、その裸体を見て、そして触れられた。
今までに無い熱い反応、それは心も身体も彼の男の部分にも強く、熱く、駆け巡る。
その自分自身の変化に、軽い混乱を覚えていた。
これは、何だろうか？
まだ、その答えは出ない………
十四歳の時、少年と少女は出会った
血と屍に囲まれながら
赤き川の中でお互いが男と女であることを確認しながら
そして、まだ知らぬ想いを刻まれながら
少女の夢のために、どれだけの血が流れるのだろう
少年は少女の夢のために、どれだけの血を浴びるのだろう
それは、これから……
そう、これから…………
【作者解説】
ルナサガの【あの】二人です（笑）
そう、シャロン・クロムウェルと、ヴィクトリア・テューダーの出会いシーンをプラリアにしました、エントリーの直後に書いたものですけど…
本当は少女っぽい少年と、少年っぽい少女というイメージだったのですが。
私達が思っているより、キャラクターが最初から暴走しました（笑）
結果的には、それにあわすかたちで、のってゆきましたけど(^^)
※このサイトの内容について無断転載を禁止します。