ムンスパ／エタムン・プラリア 作者：シオンさん
シュレイムの盟友
〜紅の継承〜
一人の少女が座っている。褐色の肌に銀髪が映えている、可愛らしい感じの少女だ。
そして、その前には白髪の老人が寝ていた。白くなった髪は、そうなってなお若さを示すようにツンと逆立っている。少女と同じ褐色の肌で、顔には幾つもの皺が刻まれているが、精悍さは失われていない。
右目の眼帯は、彼が歴戦の強者である事を物語っていた。
「シギュン……そう悲しそうな顔をするな。人は、どんなに強い奴だっていつかは死ぬんだぜ。だから、俺が死んじまうのもしょうがねぇんだ……。まぁ、可愛い曾孫娘のお前の笑顔を見られなくなるのは…ちと寂しいがな……」
そう言って老人は、今にも泣き出しそうな少女の手に自分の手を重ねた。
シギュンと呼ばれた少女は、その手を力強く握ると大きな声で目前の老人を励ますように必死に声をかける。
「そ…そんな事言っちゃダメだよ！ ヴァルじいはまだまだ生きられるって！ もっともっとわたしに武術を教えてよ……、もっともっとわたしと遊んでよ……。お願いだから！」
それを聞いた白髪の寝ている老人ヴァルじいこと――ヴァルミリ―クは、なんとも悲しげな表情を顔に浮かばせる。シギュンの心の内を痛いほど感じたが故に……。
だが、もう自分は生きる事は叶わぬ身だという事は、ヴァルミリ―クが一番よく知っているのだ。何故なら、不治の病にかかってしまったのだから。
自分の力ではどうしようもない"敵"に、ヴァルミリ―クは痛切に悔しさを感じていた。
「死ぬ前にもう一度、お前のとびっきりの笑顔を見せてくれねぇか…ゴホッ！ ゴホッ！ ハァハァ……ハァ…どうやらお迎えが近いらしいぜ……」
失せゆく己の命を感じながら、ヴァルミリ―クは優しげな笑顔を見せてシギュンに懇願する。
シギュンは、本当は泣き出したくて泣き出したくてしょうがない自分の心を抑えつけ、精一杯の笑顔を大好きな曾祖父に向けて見せた。曾祖父に少しでも生きる力を与えたくて……。
「そう…それだ……。その笑顔を見ると、あの時を思い出すなぁ……シギュン。あの時も、お前はそんな笑顔を見せてただろう……」
あの時……。シギュンにはそれがいつの事なのかわかっていた。
そう、あれは1年前の彼女の誕生日である今日……。
「うおぉぉ〜らぁぁ〜！！」
気合の叫びと共に、ヴァルミリ―クはワイバ―ンに拳の一撃をくらわせた。
眉間にその一撃をくらったワイバ―ンは、戦意を失ったように首を垂れる。
「ようやく、大人しくなったか。いいか、これからはご主人様の言う事をよく聞けよ」
そう言ってヴァルミリ―クが指をさす先には、シギュンが喜びの表情で曾祖父の方を見ていた。
ワイバ―ンは、それに答えるかのように一声鳴く。
「ヴァルじい、やったね！ やっぱり強いよね、ヴァルじいは」
「当たり前だぜ、シギュン！ なんたって若い頃は、魔王の分身とやり合った身だぜ、俺は！」
ヴァルミリ―クは、不敵に笑って彼を褒め称えるシギュンに言った。
「パンドラ戦役の話しは、もう何度も聞いたよ。ヴァルじいは真紅のバンダナをもらう代わりに、右目をあげたんだよね？」
「ハハハッ、右目をあげたか。うんうん、確かにあげたのかも知れねぇな」
シギュンの表現が可笑しかったのか、ヴァルミリ―クはひとしきり笑うとシギュンの頭を撫でる。
「でも、ヴァルじいは無茶するね」
「ああでもしなきゃ、あいつが危なかったからな。フッ…懐かしいぜ、あの頃が……」
そう言うと、ヴァルミリ―クは目を細めて、遠くを見つめるような表情をした。
「あいつって、リ―タさんの事？」
「ああ。以前、話して聞かせただろう？ カリブにその人ありと言われた偉大なカリブ海軍の提督だ」
「うん。わたし、すっかり憧れちゃったよ！ わたしもその人のようになりたいの。もちろん、ヴァルじいみたいにもだよ！」
「お前なら、なれるぜ」
ヴァルミリ―クは、可愛い曾孫娘の頭を軽く叩いて励ました。シギュンはそれに、とびっきりの笑顔で応える。
「そう言えば、こいつに名前をつけてなかったな。どうする、シギュン？」
ヴァルミリ―クは、ワイバ―ンを見ながらシギュンに言た。
ワイバ―ンは、静かに佇んでいる。
「う〜とね、え〜とね、ゴジラ……じゃないや……、カ…カ―ティス。そうだ！ カ―ティスなんてどうかな！」
「カ―ティスか。この紅い色の翼竜にはピッタリかもな」
「よろしくね、カ―ティス！」
シギュンが顔をワイバ―ンの身体に擦り寄せると、ワイバ―ンはその象徴とも言える一対の翼を広げて応えるのだった。
「誕生日のプレゼントは、それだけじゃないぜ」
「えっ、まだ何かあるの？」
好奇の目を輝かせながら、シギュンは何が出てくるのかワクワクしながら待つ。
そんなシギュンに、もったいぶるようにヴァルミリ―クは、いつの間にか手にしていた刀を彼女の前に差し出した。
それは、変わった刀だった。柄の部分が西洋剣のそれの形をしていて、真紅の鞘と刀特有の反りでそれと判別できた。
「これは、飛天刀・神威という刀だ。お前にも扱い易いように、小太刀になってる。シグルドのプレゼントだからな。後で礼を言っておけよ」
「うん。シグのおじいちゃん、武器造り上手かったもんね。わたし、こんなの欲しかったんだよ」
シギュンは、その小太刀を受け取ると鞘から抜き、一振りしてみる。刀身が鮮やかに軌跡を残し、また鞘へと戻される。少女にしては、なかなか腕の良さを感じさせる動作だった。
「これ、絶対に使いこなしてみせるからね！ だからもっと技とか教えてよ、ヴァルじい！」
「おし、わかった！ 明日から特訓だぞ！！」
可愛い曾孫娘に言われては断れまいと、ヴァルミリ―クは力強くシギュンに応える。
そして額から真紅のバンダナを外すと、ヴァルミリ―クはシギュンに言った。
「これもやる。いいかシギュン、これは強くなる為のお守りだ。無くすなよ」
「だっ、ダメだよヴァルじいの大切な物なのに！？ それに、わたし目玉をあげたくないもん！」
「クックックッ…ハアッハッハッハハハ……。いらんいらん、目玉をもらわなくたってシギュンにやるさ」
ヴァルミリ―クは、いかにも子どもらしい発想に大笑いしながら手にもったバンダナをシギュンの額に捲く。
「似合ってるぜ」
「ヘヘッ、そうかな？」
照れた笑みを浮かべて、シギュンは喜んだ。
こうして、時代を担うべき者に「紅」は託された。
「紅」……。それは力、そして熱き心の象徴。
思い出に耽っていたシギュンがふと気づくと、ヴァルミリ―クが彼女を見つめていた。
「シギュン……決して悲しみに負けるなよ……。いつでも、お前の…その……とびっきりの笑顔を浮かべて…前だけを……向いて…歩くんだぞ…。そして…お前は、お前の……思った事を……好きな事をやり…やり……な…」
それだけ言うと、ヴァルミリ―クは静かに目を閉じる。そして、その目は2度と開かれる事は無かった……。ヴァルミリ―ク・シルフィ―ドは、７０年にも及ぶその生涯を終えたのだ。
直後、シギュンは堰を切ったように泣き出した。誰にもはばかることなく、ありったけの感情をもう2度と起きる事の無い曾祖父にぶつけるように……。
幼き少女の愛する曾祖父は、この世から去った。だが、その心は確実に少女の中に継がれたのである。
〜大空への旅立ち〜
シギュンとその父バルドは、激しい口論をしていた。
原因は、シギュンが海賊団の長を継ぐか、継がないかという事らしい。
「何でわかってくれないの！ わたしは、もっと広い世界を見てみたいの！ カリブだけで人生を終わりたくないの！！」
「じゃあ、俺の後を継ぐ者はどうする！！ 我がシルフィ―ド家が、代々続けてきた海賊団クリムゾン・サージはどうなる！ 廃れても良いと言うのか！！」
「廃れちゃえば、そんなもん」
「ぐ…お前と言う奴は……」
「わたしがいなくても、リ―坊がいるじゃないの」
「リ―クは、あまり海賊に向いてない。だからお前が継いでくれれば……」
「まっぴら御免よ」
「この不良娘がぁぁぁ！」
「何よ、わからず屋のダメ親父！！」
「こ…このぉぉぉ〜！」
度重なる言い合いの末、怒りに我を忘れてシギュンにつかみかかろうとしたバルドを、必死に近くにいた船員が止めた。
シギュンはその隙に、その場から立ち去ってしまう。
その日の夜。シギュンは、魔導飛空艇シュ―ティングスタ―の甲板に出て、一人考え事をしていた。
今、飛空挺はキングストンに程近い海上で静止している。遠目にもキングストンの街並みが見える。夜風が身体に心地よく感じた。
「ダメ親父は、言い過ぎだったかな……」
シギュンは、昼間の事を少し後悔していた。
「確かに言い過ぎね」
ふいに後からかけられた声に、シギュンは驚いて後を振り向いた。そこには、母のフレアが立っていた。
「母さん……」
「でも、あなたの気持ちはわかるわ。考えを変えるつもり、無いんでしょ？」
「うん……。わたし、もっと違う空を翔けてみたいの。自分の知らないものをもっと見たい、感じたい……。あのね、笑わないで聞いてね。わたし夢があるの。世界一周するっていう夢。できれば恋人を連れてね」
「フフフ…あなたらしいわ」
「それでね、あしたの朝に旅立とうと思ってるの」
「そう。仕方ないわね。父さんには、私から話しておくわね」
そう言うとフレアは、シギュンを抱き締めた。
「元気でね」
「うん、母さん達もね……」
シギュンは、目に涙を浮かべていた。自分で決めた事なのに、何故か無性に悲しかった。そして、もう後には戻れない事を実感していた。
「これを持って行きなさい。あなたなら使えるはずよ」
フレアは、ふいに持っていた紅の鞭をシギュンに渡す。
シギュンはそれを受け取ると、自室へと帰って行った。
翌朝、シギュンは手早く身支度を整えると、甲板へと出た。そして、愛竜カ―ティスを呼ぼうとしたその時……。
「お姉ちゃん、どこ行くの？」
2歳の弟、リ―クが服をつかんでいた。まだ眠いのか、トロンとした目つきでシギュンを見上げている。
「なっなんで！？ リ―坊が…いるの……？」
別れが辛くなると思ったシギュンは、誰にも見られずに去っていこうと考えていたのだが、この突然の出来事にうろたえた。
だが、やがて気を取り直してリ―クの肩に手を置くと、優しく言い聞かせた。
「いい、リ―坊。お姉ちゃんはこれから遠い所に行くけど、元気で頑張るのよ」
「や…やだよ。お姉ちゃん、行っちゃダメだよ！」
姉の言葉を理解したのか、急に泣きじゃくりながらリ―クはシギュンに抱き付いてくる。
正直、シギュンは困ってしまった。弟のシスコンぶりにもだが、こういうのに弱い自分にもである。
しかし、もう決めた事だ。後戻りは許されない。そう強く心に言い聞かせたシギュンは、リ―クを優しく抱き締めながら言った。
「リ―坊、わたしも辛いけど、生きていればまた会う事もできるよ。なんたって、どこの空も一つなんだもの。リ―坊のいるカリブも、わたしのいる所もそれぞれ同じ空で繋がってるんだよ。その気になれば、いつだって会いに行けるからね」
「……」
リ―クは、今度は姉の言葉を理解しきれなかったらしく、何も言わずにとにかく愛しの姉をどこへも行かせまいと、力を込めて抱きついたままになっていた。
そんな弟を愛しく思いながらも、シギュンは少々強引にリ―クの腕を振りほどく。
「ごめんね……」
そう言ってリ―クの額に軽くキスをすると、颯爽と身を翻して空中へと身を躍らせる。
そして、口笛を吹くと同時にどこからともなく紅いワイバ―ンが現れ、シギュンをすくい上げると大空へ舞い上がっていく。
リ―クは、それを泣き顔で呆然と見ているだけだった。
その後、シギュンはエンブリア大陸のエスト―ラで空賊として活動する。
故郷カリブの事を思い出しながら……。
〜燃え上がる心〜
シギュンは、今日も大空を愛竜と共に舞い上がっている。
空賊になって１０年。今ではすっかり知名度も上がり、空賊としての誇りが持てるようになっていた。
ふと、下を見下ろしてみると、知り合いの気の良い海賊達の船団が航行しているのが見えた。
彼女は愛竜カ―ティスに命じて、急降下しながら接近する。
「久しぶり〜！ みんな〜！」
シギュンが空から叫ぶと、それに気付いた海賊達は、笑って迎えてくれた。
「おお！ シギュンか。また一段と綺麗になったな、ガハハッ」
その海賊団の長である人物が、陽気に話しかけてくる。日焼けした肌に深々と刻まれた皺、そして全身から感じる精悍さは、どことなく大好きだった曾祖父のヴァルじいを思い出させる。
「ヘヘッ、そうかな」
照れた笑みを見せながらそう言うと、シギュンはひらりと身軽な動作で船上へと降り立った。
「最近は、非道な海賊もいなくて平穏だね。この海も……」
甲板へ降り立つなりスッと目の上に掌をかざして、水平線の彼方を見る仕草をしながらシギュンは言った。
「いや、そうでも無いぞ。またクラウザ―の奴が出てきたらしい」
その長の言葉に、一瞬、耳を疑ったシギュン。
「えっ！？ クラウザ―って、あのクラウザ―！」
勢い込んで聞き返す彼女に、たじろぎながらも長は答える。
「あっああ……。死んだはずの奴がまた現れたって話しだ。まったくしぶてぇ奴だぜ。そんでよ、ア―サ―の奴がまた打倒クラウザ―の同士を募集してるって訳よ。俺達は、それに応じてファティマの守護艦隊本部まで向かってる途中だったんだ」
それを聞き終えたシギュンは、フツフツと心が燃え上がるのを感じた。
「そう……そうなの。ならば！ 悪は討つまで！！」
両拳を固く握り締めながら叫んだ彼女は、また別の意味でも燃え上がっていた。
ア―サ―への気持ちを確かめる機会が与えられたのだ。この７年の間、彼に対して抱き続けていた気持ちが何なのか確かめる。
そう強く心に決めるシギュンだった。
＜おしまい＞
■キャスティングリスト
☆シギュン・シルフィ―ド 女性 ２３歳(文中における歳は順に７〜８歳、１２歳、２２歳)
エタムンＰＣ。１次、２次と二度に渡るファティマ動乱を、勇敢なるエスト―ラ守護艦隊提督ア―サ―・シュレイムと共に戦い抜く。一次動乱時からア―サ―に恋心を抱いていたが、成就する事はなかった……。
☆ヴァルミリ―ク・シルフィ―ド 男性 享年７７歳
ムンスパＰＣ。シギュンの曾祖父で、その昔、新大陸を震撼させたパンドラ戦役でカリブの伝説に名高き熱血提督リ―タ・シュレイムと共に戦い抜いた。シギュンに己の技と心の全てを託した。
☆バルド・シルフィ―ド 男性 ４２歳(文中では３２歳)
ＮＰＣ。シギュンの父で、現海賊団クリムゾン・サ―ジの長。祖父や父とは違い戦士系ではないが志は熱く、得意としている巫術の研究を重ね、海底から引き揚げた古代の船を魔導飛空挺として蘇えらせた。勝手に家を飛び出した娘シギュンを勘当している。……が、実は内心で凄く心配している。
☆フレア・シルフィ―ド 女性 ４０歳(文中では３０歳)
ＮＰＣ。シギュンの母。旧姓をフレイムと言い、カリブのシュレイム家で侍女をしていた。バルドとは、彼がシュレイム家の協力者として館を訪れていた時に出会う。楽観主義者である故に、娘のシギュンの事はあまり心配していない。
☆リ―ク・シルフィ―ド 男性 １２歳(文中では2歳)
ＮＰＣ。シギュンの一回りも歳の離れた弟。シスコンで、大人しいタイプ。姉のシギュンが家を出て行ってしまった為、海賊団の長の後継者となってしまった。本人は気乗りしていない……。
＜終わり＞
【紹介】
シオン様より頂いたエストーラのシュレイム艦隊のシギュン・シルフィードさんのプラリアです！
第一回アーサーの元へ行くまでの昔話と思いのお話。
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