「エタムン」プラリア 作者：白拍子さん 掲載日：２００１．７．１２
追憶／ギルバートの場合
「………」
ぐったりと、ギルバートがベッドに身を横たえる。
セインの鎖にアリスが食い殺され、そしてギルバートの血で蘇ったその夜。
激しくアリスはギルバートを抱いた。まるで自らの生を確かめるように。
「はぁ………」「……」
漏れる吐息。何度も抱かれ、疲労しきった肉体…
彼ほど頑健な体ではない、しかし抱くのを拒まなかった。
夫婦だから？
何度も精を流し込まれ、そして自らも吐き出した。
そう呪われた体だ…半陰陽の……
『よく私を抱ける…そういう趣味というわけでもないのに、肉欲だけでもないのに…なぜだ？』
自らの中の冷静な自分が、表層の「あたし」に語る。
応えはない、用意していないから。
あまりにも呆けている時が長く、心配させたのか、アリスがギルバートを覗き込む。
「………」
「………」
『呪われてる』
『呪われてるんだ』
『やっと産まれたと思ったら…』
『できそこない』
『いらない』
なんどもなんどもなんどもなんども…
物心がついてから、聞いた言葉。
『私のせい？』
『私がわるいの？』
『私の存在自体が駄目？』
なんどもなんどもなんども…
考える。けど答えはでない。
私を産んだ母が死んだ、謝罪を残して。
「やめてよ、いや、なぜ…そんな言葉を残して死ぬの、卑怯よ…」
父は既に死に逃げ込んでいた。その存在さえも知らされなかったし、それに価値さえもみいだしてなかった。
母に子種をもたらして逃げた男、それだけだ。
姉はまったくの無関心、銀の髪の怜悧な女。死人を操り呪を紡ぐ。
祖母は比較的優しかった、けどそれさえも鬱陶しく感じる。
母の最後の言葉、いままで受けいれた仕打ちの全ての否定。
たえられない
ギルバートは家を出た。
自分自身の内側、自分の本体、それを知られたくないから表に出さない。
だから表情も表現をする必要がない。
人形
けれど生きてはいる、存在はしている。
それを否定して消えることはしない。まだ自分がなぜ存在するのか知らないから。
未開の大地、弱肉強食の世界。
自らの力だけで生きる、そのために必要な教育はされている。
考える余裕も無く、その日を生きる毎日。
それはそれで、得がたい日々だったかもしれない。
時に迷い込む人々、興味はある、しかし接触をもとうとはしない。
自らの異形がそれを躊躇させる。
しかしそれは「来た」
「ビクトリアよ♪ビッキーと呼んで♪」
放浪生活の中で、ささいなミスで死にかけたところを、彼に救われた。
理解しがたい男…なのに女言葉を操り、心は女だと主張する。
そして彼は、ギルバートの都合にかまわずに次々に言葉をぶつけてくる。
なにがそうさせるか？なにをもとめているのか？
しかし拒絶しない自分もいる、無視する時もあれば言葉や行動を返す事も…
そしてその頻度は、生活を共に続け、時がたつにつれて多くなっていった。
そう自分を表す外側として、反応し演じるギルバートができあがっていった。
それは彼に対して接する、ギルバートを作っていったともいえる。
一人でいた時には、関心が無かったことも、一つの事件として自らに捕らえ。
それに反応する自分から、表すモノが浮かび上がってくる。
そして……
ギルバートは笑うことをおぼえた！
ギルバートは泣くことをおぼえた！
ギルバートは甘えることをおぼえた！
ギルバートは（以下略）
ギルバートは異能者に覚醒した！
ギルバートは偽ることをおぼえた！
まだ男とも女とも境界の浅い少年時代を、ギルバートは彼と過ごした。
そのなかで、多くのことを学んだ。
けっして一人では気がつかないこと、他人の鏡にに映る自分を見て感じられること…あるときはそれが嬉しく、そして苦痛。
嬉しいことを表現し、嫌悪を表し時には隠す。
だれかがみているからじぶんのあらわすことにいみはある…
その二人の中にも終焉はくる…
始まりがあれば、終わりがある…
ギルバートが１７になった時、十分に体は育ち鍛えられていた。
しかし…普通、少年から男へ。少女から女へと変わってゆくはずの体と心は、
奇妙なバランスの上で、綱渡りのように揺らいでいた…
川で水浴びをして身を洗いながら、ときおり静かに立ちすくみ、水面に映る自らの裸体をギルバートはながめる…
丸みを帯びてきた身体、豊かに膨らんできた胸、野外で鍛えられ贅のない身体…もう少し背があればと密かに思う。
自らの半陰陽の証し…外からでも判る男の部分、内に秘められた女の部分。
子を創り宿す次を残す、そのためにあるものの混在。
それともその役割が、分かれているのが異常なのか？
衝動と言うにはあまりにも確信犯的な行動…
ギルバートはそのまま一糸纏わずに、ビクトリアの元に向かった。
川の冷水で濡れたそのままに、立ち尽すギルバートを見て、ビクトリアはそれに危険な兆候を感じたのかも知れない。
そのままギルバートの足が、たどだとしくビクトリアの元に辿りつき、身を投げ出すように擦り拠る。
「抱きしめて欲しい」
声も体も震えている。
「抱きしめて欲しい、ねぇ。あんたもつくづく、ネコな子ね」
頭を撫でながらビクトリアが、甘える子猫をあやすように向かえる。
「ネコってなに」
頭を少しだけ上げ、聞く。
「…性交時の、女役のことよ」
少し困ったように、答えを返す。
「ビクだってそうじゃないの」
甘えた…そして、いままでとは違う、女のような声……
「んなっアンタ、その口調…」
「あっ…」
ビクトリアの驚く声と、ギルバートが自らの発した声に驚く。
「やめなさい！この口調は人がやってるとめちゃくちゃむかつくのよっ！」
「いやよっビクのがうつったんだから、しょうがないでしょ！」
口論、しかしその当人の真剣さは、確かなものである。
そしてそれが収まると…
「そのままだと、風邪引くわよ、一緒に寝てあげるから、早く寝なさい」
ギルバートはそれに同意した。そして…朝が明けると、微かな温もりを残して、彼は去っていた。
彼女は、ギルバートは…初恋は叶わないことをおぼえた。
そして、ギルバートは本家と連絡を取った。
…ある決意を胸に秘めて。
数年行方も判らせず、家を出た者を、本家は迎えいれた。
祖母、ヴァニティは笑顔で迎え、なによりもギルバートが意外に思ったのが、
怜悧な姉が、真っ先に抱擁で迎えた事だった。
困惑を共にしながら、ギルバートの家出は終わった……
【作者解説】
アリスがセインに殺された直後、ギルバートによって蘇生したあとで二人の過去の回想を、同じ書き出しからというものです。
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