■聖暦８０１年１１月、帝都・ローザリオン子爵家屋敷
「では叔父上、行って参ります」
私は叔父上に貴族礼をとった。
「ああ、くれぐれも気をつけるのだよ」
ルーファス叔父上が、寝台の上から微笑んだ。
叔父上が病に冒されてから約二年ほどたつ。
最初の頃はそれでも普通に動けたのだが、最近では寝台から起き上がれないくらいひどい状態になってしまった。
私はそんな叔父上に代わり、今年の４月から社交界での応対をすることになった。が、これがまた面倒くさい。
女性がいると見れば誰彼構わず口説いてくる男共。かと思えば、何故か私を追っかけてくる暇な貴族の令嬢達…。
とかく面倒な事が多いので私はなるべく顔を出したくないのだが、今回は皇帝御前のパーティーなので仕方がない。
そういえばあれ以来社交界に出ることが多くなった。
…二ヶ月前に起きた、俗に言う「皇女の血杯」事件以来。
ギルガルド帝国第二皇女にして黒槍騎士団団長たるジュリアーヌ様。
彼女が自らの配下の忠誠を試すために、グラスの水に自らの血をたらしそれを団員に飲ませたあの事件。
飲めぬ者には血の粛清が与えられた。
その中には私の親友ガルゼリッタ・テンオレンの兄上、ルドイール殿も名を連ねた。
彼を斬ったのは私達の幼馴染でありルドイール殿やガルゼリッタの従兄弟、アーシェ…アーシェラウス・ノイセルムだった。
慕っていた従兄弟を、彼はどんな思いで斬ったのか…。
テンオレン家当主ライゼンス殿はアルコール中毒で死亡したと公表された。世間一般では皇女派の者に暗殺されたと噂になっている。
またテンオレン家の末弟アシュラスも、エルソフィアへの留学への道程行方不明になった。
…私達の周りの人間は、あの事件でだいぶ姿を消してしまった。
テンオレン公爵家当主には長子であるナルリィーナ殿がつくことになった。
だが貪欲な貴族達の横槍が入った。彼等はこの時期を好機と見てテンオレン家を食い物にしようとしたのである。
私とイリナ、イリナ・スヴォルドにはそれが耐えられなかった。
昔から一緒に過ごし、共に歩んできた彼女達が食い物にされる光景など。
だから私とイリナは自分の持てる力全てを使って彼女達を支援した。
それ故に社交界で諸侯達の間を回り、協力をとりつけたりした。
その時に作った義理やしがらみで、今も嫌々パーティーなどに出席している。
まあその結果、テンオレン家当主の座は無事ナルリィーナ殿に落ち着いたのだから、贅沢を言うべきではないのだろうが。
三日月が、帝都の曇り空に白々とした光を投げかけている。
パーティー開始までだいぶあるものの、私は屋敷を出て皇宮に向かっていた。
帝都の道を進む馬車の中、私はクッションに埋もれていた。
振動で馬車酔いするということから、（他の家はどうだか知らないが）我が家の馬車にはクッションがこれでもかというほど敷き詰めてある。
確かに馬車酔いはしないのだが、身体が半ばクッションに埋もれてしまうのである。一回排除しようとしたのだが、執事のハーシェインに涙ながらに止められたので結局このままになっている。
閑話休題。
とまあぼんやり道を眺めていたのだが、ふとある店に目が止まった。
こじんまりとした宝飾店だ。店の装飾もほとんどなく、貴族や豪商などはまず入らないであろう。
しかし私がもともと服や装飾品のコーディネートが好きななうえに得意なので（いつも同じ色の服で違いを出すのはけっこう楽しいものだ）、少し覗いてみたくなった。
「すまぬ、止めてくれ」
御者に言って馬車を止めさせると、私はその店に一人で入っていった。
扉には「フリューリング」と刻印された桜色の石が取り付けられている。
カラン…。
扉を開けて入った店内は、ランプの放つ暖かな光に溢れている。壁沿いに並べられた商品棚にはアクセサリーの他に人形やらオルゴールといった小物類が飾られている。
手近な棚から見ていると、奥から主人とおぼしき青年が本を片手に出てきた。
「いらっしゃいませ」
２０代前半かと思われるその青年は、にこにこと人好きのする笑みを浮かべていた。
「何かお捜しの物でも？」
「いや、どんな店か興味があってな」
私がガラス棚をのぞき込みながら言うと青年は「そうですか」と言って、奥への扉の近くにある椅子に腰掛けた。
「何か気に入った物があったら声をかけてくださいね」
そういうと、彼は持っていた本を開いて読み始めた。
私はそのまま商品を眺めていたが
と、ある物に目が止まった。
小さな、金のペンダントである。スズランの花が浮き彫りされている、上品で華奢な感じの代物だ。 売り物ではないのだろう。その品物だけ小さいガラス棚に飾られている。
なんとなく気になりしげしげと眺めていると、主人が椅子から立ち上がる気配がした。
「何か気に入った物でも？」
微笑みながら近づいてくる。私はペンダントを指さした。
「これ…」
少し主人は考え込んでいたが、懐から鍵の束を取り出しガラス棚の扉を開けてくれた。
「どうぞ、お手に取ってみて下さい」
言われるままに私は手に乗せてペンダントを見てみる。
「…ロケットなんだな」
極力目立たないように、装飾に合わせて金具が取り付けられている。一見しただけではロケットとは分かるまい。
「ええ、よく出来てるでしょう。私の自信作です」
誇らしげに、主人は微笑んだ。
「この店の品物…全てを貴方が？」
私が店を見回していうと、主人は首を振った。
「いえ、私が専門にしているのは彫金ですから。といってもその類も全てという訳ではありませんが…」
こころなしか寂しげに言う。
「このペンダントに何か思い入れでも？」
青年の態度が気になり、私はそう尋ねた。
すると彼は、開けっ放しのガラス棚を閉めながらこう言ってきた。
「貴女には…誰か幸せになって欲しい方はいますか？」
真摯な声だった。
息が詰まる、胸を圧迫されるような、その声。
「何人かいるが…」
頭の中に数人の顔がよぎる。
叔父上、ハーシェイン、従姉妹のジュディア、ガルゼリッタ、イリナ、アーシェ、ルゥナリア…。
ミルクやクミも幸せを見つけられるといいが。
イリヤとノリオは…まあ大丈夫だろう。
アルティラ…アシュラス…生きていてくれたら、幸せになっていて欲しい…。
数々の面影が、私の脳裏に浮かんでは消えていく。
しかし一番最初に浮かび消えない女性の、その寂しげな横顔は…。
「何か気がかりなことでも？」
私の様子を見て取ったのだろうか、彼が心配そうにこちらを見ている。
「いや…大丈夫だ」
私は微笑み首を振る。青年はそんな私をじっと見ていたが、つとペンダントを指さした。
「スズランの花言葉ってご存じですか？」
「幸福、だな」
妹が花好きで、よく花言葉の本を読んでいた。嬉しそうにいろんな花を指さしては花言葉を言っていたので、私も多少は知っている。
「誰か幸せになって欲しい人でもいたのか？」
私は彼の顔を見た。そこには身をきられそうなぐらい、切なげで寂しそうな顔をした青年がいた。
「昔…私にも恋人がいましてね」
彼は私の方に顔を向けていたが、目は遠くの方を見ていた。
「優しい女性でした。音楽が好きで、フルートの奏者でした。ほら、テンオレン侯爵家の黒百合劇場。あそこでもよく演奏していたものです」
そこには私もよく足を運んでいる。まあ私はもっぱら観劇に行っているのだが。
それでもたまに音楽の時にも訪れている。私の知っている人だろうか？
「彼女はもともと音楽家の家に生まれまして。私とは幼馴染でした。ずっと一緒にいようと、私の方から告白しまして」
彼は微笑んでいた。幸福そうに。
「彼女も受け入れてくれました。その時ほど私が幸せに思ったことはありません。…一生幸せにするつもりでした。その願いを込めて、それを作ったんです」
ペンダントがランプの光を受けて、儚げに輝きを放っている。私はスズランのレリーフをじっと見つめた。顔を上げるのが怖かったのかもしれない。
だから、私は俯いたまま口を開いた。
「…亡くなったのか」
顔を上げることは出来ない。なぜなら青年がどんな表情をしているか想像がついてしまうから。大切な人を失う衝撃、悲しみは、私にとっても消えない傷になっているから。
「ええ、私がこれを渡す前に。襲われたんですよ、劇場からの帰り道に」
耳を塞ぎたい衝動にかられる。しかし塞げない、身体は硬直したように動かない。
「犯人は分かりませんでした。犯されたうえに殺されて…。瞳を開けたまま死んでいました。苦しんだんでしょう、死ぬ寸前まで」
青年の虚ろな声が店内に響く。静寂の中、彼の声だけが。
「私は一人になりました。完成間近だったそれは、身につける人を失ったんです。作るのをやめてしまおうと…作りかけのそれを彼女と共に埋めてしまおうと、何度も思いました。」
「なぜ…埋めなかった？」
ようやく私は顔を上げた。彼は、微笑んでいた。
「なぜでしょうね？」
私は彼をじっと見つめた。ランプがジジジ…と音を立てている。
「彼女がいなくなってしまうから？」
彼が私の方をはっと見た。驚きを困惑をない交ぜにした、その表情。
「…かもしれないですね。私は彼女を思い出の住人にしたくなかったのかもしれない。それを完成させることで、彼女への思いを永遠のものにしたかったのかもしれない」
悲しげな貌…誰かを思い出させる…。胸が…痛い。
「貴方の未来はどうする？貴方にはまだまだ時がある。思いを永遠にしたところで、彼女は帰ってこないのに」
彼は私から視線を外した。瞳には不可思議な光が宿っている。
「まだ私は未来を見れないのです…。彼女への想いは、まだ胸の中にあるから。私は彼女さえいれば良かった、他には何も望んではいなかったのに。…私はあの時に彼女と共に逝ってしまいたかったのかもしれない」
彼はこちらを見ていない。…昔を見ている。
「なら…今からでも逝くか？」
私は背の闇獅華に手を伸ばす。
「逝きたいのなら、私が手伝ってやろう」
鞘から抜かれ、銀の刃が冷たく光る。切っ先を、彼の首に突きつけた。
彼の顔は青ざめていた。汗がつうっと流れる。
「どうした？恋人の所に行きたかったんじゃなかったのか？」
私は剣を構えたまま動かなかった。彼も…動かなかった。
…ふぅ…。
私はため息をつくと剣を鞘に戻した。
「貴方はなんでこの店を続けているのだ？」
「…え？」
彼は虚をつかれたようだった。
「貴方は今でも装飾品を作っているのだろう？それは何故だ？」
「それは…」
彼は答えを探すよう視線をうろうろさせていたが、やがて下を向いてしまった。
「私にはまだ大切なものが残っている。それを残しては逝きたくないな」
「貴女は…何か無くしたものがあるのですか？」
青年は顔を上げた。
私は彼から視線を外すと、「さてな」とだけ答えた。。
しばらく彼はこちらを見ていたが、やがて「少し待っててください」といって奥に入っていった。
彼は手に箱を持って出てきた。
「それ、貸してください」
私は無言で手のひらのそれを手渡した。
受け取ると彼は、紙にそれを包み始める。
「あの？」
困惑しつつ、彼の作業を見る。
やがて彼は包み紙にペンダントをくるみ、化粧箱にそれを納めた。
「受け取って下さい」
彼は微笑みながら箱を差し出した。
「…何故、私に？」
分からない。それは、大事な物だろう？
私の言いたいことが分かったのだろうか。彼は私の手を取り、ペンダントの箱を握らせる。
「貴女に受け取って欲しいんです。貴女なら、誰かを幸せにしてあげられるかもしれないから」
青年は優しく微笑んでいた。
そうなのだろうか？
大切な人達がいるのは認めるが、彼のような「唯一人」は私には…。
そう言うと、彼は首を横に振りながら言った。
「いずれ分かりますよ」
私はしばらく手の中の物を見つめていた。ふと気がついて、懐に手を入れようとする。
「お代はいりませんよ」
彼が私の手を押しとどめた。
「そういうわけには…」
私は言ったが、彼は頑として拒否した。
「これは売り物ではなかったんです。売り物じゃないのだから、差し上げるんです」
私はしばらく彼の顔を見ていたが、やがて頷いた。
「分かった」
これを貰うのが正しいかどうかは分からない。
でも、彼は私にくれると言った。彼がそうしたいと望んでいるならば…きっとそれでいいのだろう。
「大切にする。必ず」
私は彼に約束した。
箱を開け、中のそれをもう一度見る。ペンダントは箱の中で淡く輝いていた。
「ありがとうございます」
彼は優しい表情で微笑んだ。
「では、そろそろ行く」
箱を閉め、私は主人に別れを告げた。
そのまま出口の方に向かい扉を開る。と、彼が声をかけてきた。
「貴女自身がそれを身につけるのか、それとも誰かに送るのか…。私は分かりませんし、どちらでも構いません。ただ…幸せになってください。貴女は、大切な人と幸せに」
祈るかのような声だった。私は彼の方に振り向いた。
「貴方も」
私も彼の幸福を祈らずにはおれなかった。
再び馬車に乗り込み皇宮へと着いたのはパーティー開始寸前だった。
慌てて会場に向かい、諸侯の中へと紛れ込む。
間に合ってほっとしていると、見知った顔がこちらにやって来た。
「久しぶりだな」
白い髪に白い肌、紅玉のような瞳。私より背が高く、男装がよく似合う私の従姉妹。
「ジュディア、元気そうだな」
私も彼女に挨拶する。
会うのはテンオレン家お家騒動の時以来か。
「めずらしいな、お前がこんな場に出てくるとはな」
確かにそう言われても仕方ないので、おもわず私は苦笑を浮かべた。
と、周りが騒がしくなった。
「…病人のご登場だ」
ジュディアが前方を見ながら呟いた。
「退屈な時間が始まるんだな」
思わず本音を呟く私の頭に、彼女は拳を落とした。しかし彼女の顔は同感と告げていた。
皇帝陛下のありがたい（笑）お言葉も終わり、会場では諸侯があちこちで談笑の花を咲かせている。
私はしばらくジュディア達と話していたが、こちらへの視線が気になるので―私とジュディアが一緒にいると、お嬢様達の視線が集まりまくってうざったい―その場を逃げだしうろうろしていた。
それでも視線がつきまとってくるのは困ったものだ。
適当に（男女とも）あしらいながら時間を潰していると、やおら典雅な流れが聞こえてきた。
どうやらダンスがはじまるようである。
もっとも私は興味がないので、相手を探す人々を横目に会場内を進んだ。
と、なにやら人混みが出来ているところに出くわした。
男共が集まって、誰かをダンスに誘おうとしているようだ。人が集まりすぎて誰が中心にいるのか私には分からない。
「ぜひ私と踊って下さい」
「いえ、私と」
ずいぶんと熱心に誘っている。私は中心にいるであろう女性に同情しながら、そこを通り過ぎようとした。
と、その時聞き覚えのある声が聞こえた。
「あの…私は…」
中心にいるのはどうやら私が知っている人物だったようだ。テンオレン家当主になった彼女にお誘いがたくさん来るのは、考えてみれば当然のことだ。もともと美人だし。
彼女のことだから、きっぱり断ることが出来ないのだろう。
…私が助けないと。
思ったと同時に人混みの中に突入する。
数人の青年貴族が私に文句を言ってくるが、私が女性であるのを認めるとライバルじゃないと判断したのか口をつぐんでしまった。
ようやく包囲網を突破し彼女の前にたどり着いた。ナルリィーナ殿はこちらを見て安堵の表情を浮かべた。
とりあえず挨拶をしないと。
そんなことを思いながら私は彼女に貴族礼をとる。
「テンオレン侯爵、ご機嫌麗しゅう」
「シルヴィア様も御機嫌よう」
彼女も礼を返してくる。
このまま彼女をひっぱって逃がしてやりたいところなのだが、いかんせん周りの奴らが許してくれそうにもない。
どうしようか？
私が考えていると、取り巻きの一人がこちらに抗議してきた。
「ローザリオン子爵令嬢、悪いですが彼女は私と…」
そう言ってきたのに反応してしまったのか、私の口から思わぬ言葉が出てきてしまった。
「私と踊っていただけますか？」
気がつくと私はそう言っていた。
私は何を言ってるんだ？！
最初はそう思ったが、考えてみればこの包囲網から抜け出すには悪くない発言だった。
ナルリィーナ殿もそう思ったのか、「ええ」と微笑み頷いてきた。
私は男共を無視して彼女の手を取ると、ダンスの輪の中に入っていった。
私が男役なので（当たり前だ）とりあえず彼女の腰に手を回し、流れに乗り始める。
すぐに私達の呼吸は合い、周りから感嘆のため息が漏れた。
…若干敵意に近い視線も感じたが。
「助けてくれてありがとうございます」
小声でナルリィーナ殿が呟いた。
「いえ…」
とりあえず私はこの場をどう切り抜けるか考えていた。
このまま踊り続けても良いが、その間中視線を浴び続けるのもご免被りたい。
そんな事を考えながら踊っていると、いつの間にか終盤にさしかかっていた。
ふとナルリィーナ殿を見ると、彼女は不安そうにこちらを見ている。
いけない。
考え事をしているので気を悪くしたかと思われたらしい。
私は微笑みを浮かべると彼女に出口を視線で指し示した。
彼女も理解したらしく、頷き返してきた。
夜風がひんやりとして心地よい。
私とナルリィーナ殿は会場を抜け出し庭園まで来ていた。
いつの間にか空は晴れており、星が闇を彩っている。
「疲れましたか？」
ベンチに腰掛けつつ彼女の顔をのぞき込む。
顔色が少々青ざめていたので少し気がかりだった。
「いえ、大丈夫です」
そうは言うがやはり顔色が悪い。
ここのところずっとそうだが、なんだか日に日に悪くなっているような気がする。
どう考えても、普通じゃない。
と、彼女が肩を震わせた。
私は無言で外套を脱ぐと、彼女の肩にかけてやる。
「…ありがとうございます」
彼女は微笑みながら外套にくるまった。
しばらく二人共無言で座っていたが、やがて私は立ち上がった。
「家の方を呼んできましょう。今日はもう帰った方がいい」
私は馬車が待機している場所へ向かおうとした。と、服の裾を引っ張られた。
そちらに顔を向ける。寂しげな貌をした女性がそこにいた。
「もう少し一緒にいていただけませんか…？」
まただ。また…胸が痛い。
『スズランの花言葉ってご存じですか？』
唐突にあの青年の言葉が脳裏に浮かんだ。
思わず懐に胸に手を当てる。そこにはあのペンダントが入っている。
『スズランの花言葉は幸福なんですの。だからお姉様にもお母様にも、お父様にもあげますの。みんな幸せになりますの』
‥そんなことを思いだしながら、私は懐の物を取り出した。
そのままナルリィーナ殿の前に差し出す。
「これは？」
「開けてみて」
月の光を受けて、金のペンダントが輝く。スズランのレリーフが、周囲から浮き上がって見えた。
「…？」
視線で問いかけてくる彼女に私は微笑むと、再びベンチに腰を下ろす。
「スズランの花言葉って幸福なんだそうだ。昔、妹から聞いたんだが」
私は夜空を見上げつつ続ける。
「作った人はこれを持つ人が幸せになるよう祈っていたそうだ。私もこれを持っている人には幸せになって欲しい。…まあ、そういうことだ」
彼女はしばらくペンダントを見つめていたが、やがて私の方を見る。
私はなんだか気恥ずかしくなって視線を逸らした。
「というわけでそれはナルリィーナ殿に差し上げる」
「…え？」
彼女は驚いたようだった。私はそんな彼女に微笑むと、再び腰を上げる。
「では今度こそ送っていく。そろそろパーティーの時間も終わりだ」
そう言うと私は今度こそ歩き出した。
三歩ほど歩いたところで唐突に衝撃を感じた。
…？
首を後ろに巡らせると、ナルリィーナ殿が私にしがみついていた。
「あの…？」
私は離れるよう促したが、彼女は首を振るばかりだった。
…。
私は彼女の方に向き直り、彼女の手からペンダントを取ると彼女の首にかけてやる。
月明かりの下、彼女の姿は儚げに感じられた。胸のペンダントだけがこの世界とのつながりと言わんばかりに輝いている。
私は何故だか彼女が消えてしまうという不安にかられた。そう思った時、私は彼女を抱きしめていた。
「シルヴィア…？」
彼女は一瞬驚いた様な顔をしたが、逆らおうとはしなかった。
寂しげな、苦しんでいるかのようなその表情。微笑んでいるけれど、本心からは笑っていない。
知らず、抱きしめる腕に自然力が入る。
この人には幸せになってもらいたい、守ってあげたいと思っているのを、私はこのとき自覚した。
彼女も私の背におずおずと手を回してきた。
互いが互いの存在を求め合い、触れあいその温もりを確かめ合う。
私はただ、彼女の温もりを感じていたかった。それが感じられなくなったとき、彼女が壊れてしまうような気がしたから。
彼女の胸の金色のペンダントに私は願いをこめた。
彼女がいつか幸福そうに笑えるようにと。
＜おわり＞
■キャスティング・リスト
シルヴィア・ローザリオン／ＰＣ／ローザリオン家養女（１３歳）
元イーリス子爵家長女。現在は叔父のルーファスの養女となっている。
叔父に代わりローザリオン家当主代理として活動している少女剣士。
ルーファス・ローザリオン／ＮＰＣ／ローザリオン家当主（３３歳）
シルヴィアの叔父にして養父。家族を無くした彼女を周囲の反対を押し切って引き取った。
温厚な性格だが名うての武人として世に知られている。現在は病気療養中。
フリューリングの主人／ＮＰＣ／彫金技師（２４歳）
帝都の表通りで宝飾店を営んでいる青年。名前は最後まで明かされない不遇の人（爆）。
再登場の予定は…作者の気まぐれによる（笑）。
ジュディア・フロード／ＰＣ／フロード家当主（２１歳）
シルヴィアの母方の従姉妹。フロード伯爵にして公安騎士団ハウント・フント総帥。
冷徹かつ苛烈な、才色兼備の男装の麗人。
ナルリィーナ・テンオレン／ＰＣ／テンオレン家当主（１５歳）
お家騒動を乗り切り侯爵家の当主になった少女。
優しい性格の持ち主として知られているが、最近どことなく影をかんじさせる。