ＬｏＡプラリア 作者：野伏さん 掲載日：２００１．６．２
父が亡くなった。
父レクターは頼れる人だった。
武術の腕前もさることながら、何より頭のいい人だった。
小さい頃から僕は槍術と戦術を学び、師としても尊敬していた。
だけど。
その父が病に倒れ、日に日に痩せ衰えてゆく。
もう子供じゃないつもりだったけど。
冷たくなってゆく父の手を握りながら。
僕は泣いた・・・
【過去との決別、未来への道標】
あれから２日。当主を失った我がデラール家は、蜂の巣を突いたような・・・とまではいかないものの、少なからず混乱していた。問題は色々あるのだけど、一つもきちんと解決しない。何をやろうとしても結局は｢次期当主は誰か｣という壁にぶつかるのだ。当たり前のことと言ってしまえばそれまでだけど・・・。
双子とはいえ兄なのだから、アルが当主の座につくことが普通なんだろうけど、何故か僕を推す者がいるというのだから困ったものだ。後で聞いたところによると、騎士隊長のスコットを始めとした家臣の７割が、僕を当主の座につけようとしていたらしいのだから恐れ入る。当人の知らぬところで話が進むというのは恐いものだ。どちらにせよ、早急に決めなくてはいけないことだというのは分かっている。このままでは父の葬儀も出来ない・・・。
考えごとを始めるとつい早足になってしまう自分の足を廊下の突き当たりにある扉の前で止めると、僕はその扉をノックした。
コン、コン
中からは｢ああ｣という気の無い返事が返って来た。どうせ本でも読んでいるのだろう。｢入るよ｣と一言だけ告げてドアを開けると、そこには案の定、紅茶を飲みつつ読書をするアルの姿があった。もちろん、こちらに見向きもしない。
｢本を読むのもいいけど｣
溜息をしながら、テーブルをはさんで真向かいのソファに腰を下ろす僕をアルは上目遣いでチラリと見る。
｢父さんが亡くなって、デラール家は当主不在。アルがさっさと当主の座に就いてくれないから、皆困ってるんだよ？｣
しかしアルは、まだこちらを見ようとしない。｢ああ｣と、小さく返事をするだけだ。そんなに大事な本なのか、とタイトルを見ようとしたが、僕の位置からでは死角になっていてよく見えなかった。
｢それにしても何故かな、この前もテンオレン侯爵が亡くなったばかりだっていうのに・・・｣
その言葉にやっと反応したらしく、アルは本を閉じ、テーブルの上に置いた。
｢まぁ、な。だが、あれはあれでちょうど良かったのさ｣
｢アル！？｣
｢ライゼンスはかなり前からキレてたらしいからな｣
貴族、しかも一家の当主を呼び捨てにするのはどうかと思ったが、そんなことをアルに言っても仕方ないことぐらいは分かっている。
｢・・・どういうこと？｣
｢ここが｣
アルは、頭を指先でトントンと叩きながら、
｢おかしくなっていた、ということだ｣
｢そうなの？｣
体調が思わしくないらしい、ということは聞いたことがあったけど、精神的に病んでいたとは知らなかった。
｢でも、そんなこと・・・どうして知ってるのさ？｣
｢親父から聞いたんだよ。どうやら『血杯』の件が相当効いたらしい｣
その話は僕も知っている。と、いうより帝都に住む者なら大抵の人が知っているだろう。俗に『皇女の血杯』事件と呼ばれているその事件は、第２皇女であるジュリアーヌ殿下が部下の結束と士気を固めるために行ったものだったらしい。あの事件でテンオレン家は長男のルドイール・テンオレンを失った。僕は彼と直接会ったことなんて数えるほどしかなかったけど、侯爵が自慢の息子として紹介していたことは印象に残っている。たしか優秀な精霊使いだと言っていた。侯爵にとって、彼は命よりも大事な跡継ぎだったに違いない。
｢でも、それがどうして『ちょうど良い』なの？｣
｢テンオレン家が皇女派と対立していたことは知ってるな？｣
｢うん｣
｢敵対している派閥の貴族、しかもその当主が乱心者・・・。そんな事実をあの皇女様が見逃すと思うか？｣
｢それは・・・｣
｢上手くやれば爵位剥奪、財産没収だって出来るさ。そしてあのお嬢ちゃんなら『上手くやる』ことなんてお手のものだ｣
｢じゃあ結果だけ見れば、侯爵が病死したのはテンオレン家にとって幸運だった、ってことか・・・｣
身内に不幸があったおかげで幸運だ、なんて考えは好きになれないけど、そういうこともあるんだろう。だけどアルは宙を見ながら呟いた。
｢それもどうかな｣
｢？？｣
｢病死にしてはタイミングが良すぎる。ナルリィーナもあまり動揺していなかったみたいだし、な｣
一瞬にして恐ろしい考えが頭に浮かぶ。
｢まさか・・・暗殺だって言いたいの！？ 彼女が？？｣
｢可能性はある｣
真顔で平然と答えるアル。
｢そんな・・・｣
｢俺だって暗殺なんて真似が出来るほど度胸のある娘(こ)だとは思ってない｣
思わずアルの顔をじっと見詰める。その視線に気付いたのか、苦笑したアルは言葉を続けた。
｢・・・いや、お前が言いたいのはそんなことの出来ない優しい娘だ、ということか。まぁ、それは俺も認めるよ。だが、あの娘は状況をただ眺めていることしか出来ないような馬鹿じゃない。それに何といっても実の娘だ。寝首を掻くチャンスはいくらでもあるさ｣
｢だけど、｣
言いかけた僕を手で制すると、アルは続けた。
｢推測だよ、エド。そういう可能性もある、それだけだ｣
｢うん・・・｣
暗殺、か・・・。少なくとも僕の周りではそういった事が起こった試しは無かった。父の死因は確かに病死だったし、その病も原因が毒などではないことも明らかになっている。だから、暗殺なんてどこか遠いところ──自分とは縁の無い人と場所──で起こるものだと無意識に思っていたんだろう。改めて貴族という存在の暗部をまざまざと見せつけられたような気がして、僕は静かに溜息をついた。
相当暗い顔をしてしまっていたんだろう。アルは話を変えよう、とばかりに椅子に座りなおし、こちらを見た。
｢それよりも問題は俺らの方だ。さっさと当主を決めなくてはな｣
アルは、からかうような目つきでこちらを見て言った。
｢お前、やってみるか？｣
｢冗談はよしてよ｣
苦笑しつつ、僕が答えるとアルはニヤニヤしながら続ける。
｢家の中ではお前の方が人気あるんだよ。俺と違ってお前はしっかりしてるからな｣
｢アル、真面目に答えてよ。これからどうするの？｣
アルの顔つきが少し真剣になった。同時に声の調子も変わる。
｢・・・バルスに行く｣
｢バルス！？｣
迷宮都市バルス・・・。カルディー大平原と帝都ギル＝ガルス＝ドルを結ぶ陸路の要地だ。だけどあそこは・・・。
｢共和国につく、って言うの？｣
バルスは現在、エウリア共和国領だ。恐る恐る訊ねると、アルは馬鹿を見るような目でこちらを見た。
｢まさか。近いうちに戦争だ。バルスを攻略、そしてそのままバルスに・・・、だ｣
｢戦争って・・・。初めて聞いたよ、そんな話｣
少なくとも今出陣準備をしている騎士団はないはずだった。それに当主を失ったばかりのデラール家に戦争に参加する余裕なんて欠片も無い。
｢この前、闘技場に行ったんだが、｣
何故、闘技場の話が出てくるのか僕には分からなかったが、アルはそこで紅茶を一口すすると、にやりと笑い言葉を続ける。
｢ナンパされてしまってな｣
｢はあ？｣
意外なことにアルは女性に人気が無い。それなりに整った顔立ちをしているし(同じ顔をしている僕が言うのもなんだが)、性格だって多少傍若無人な面があるけれど、決して悪くはない。といってもアルは社交界に出ることなんて滅多に無いし、僕だって常に側にいるわけではないから、僕が知らないところで人気があったりするのかもしれないが。アルがもてるかどうか、は戦争と無関係な話題だと思うけど、アルを気に入った女性というのは何となく気になった。
｢相手はどんな女性(ひと)？｣
僕の言葉を聞いて、アルの表情が更に緩む。あれは、とびっきりのイタズラを思いついた時の、そしてそれを実行している時の顔だ。こういうところは子供の頃から変わらない。何かあるんだろうか？
｢どんな、か・・・。そうだな、黒い髪をしていたな｣
黒といえば、アルの好きな色だ。しかし、それだけでは全く分からない。
｢他には？｣
｢背が低かった｣
そりゃ、アルから見れば大抵の女性は背が低いだろう。
｢他に｣
｢凛としていて、意志の強そうな眼をしていたよ｣
意志が強い、か。子供、もしくは子供っぽい性格の人が嫌いなアルには似合いの相手なのかもしれない。
｢後は？｣
ふと見ると、アルの目がまだ笑っていた。その表情は、何かを堪えているようにも見える。
｢後は・・・異端神官のダークエルフみたいなお嬢様だったよ。ふっ、クックックッ・・・｣
我慢できなくなったのか、喉の奥で笑っているアル。対照的に僕の喉はゴクリと鳴った。そして訊ねる。
｢皇女様・・・？｣
笑うのをやめたアルが再びにやけた顔で答える。
｢そうだ。俺がちょいと練兵にケチをつけたら、いきなり『我が下で働かぬか？』ときた｣
皇女様が有能な人材を欲していることは誰でも知ってる。きっと皇女様は、二言三言でアルの才能を見抜いたんだろう。ああ見えてアルは頭のいい人間だ。しかし、よりによって皇女様の前で練兵にケチをつけるとは・・・。
｢それで？ 何て答えたの？｣
｢もちろん、断ったさ。これでも一応、デラール家の人間なんでね｣
肩をすくめておどけてみせるアル。
｢しかしあの様子じゃ、戦は近いな。どうみても『普段の訓練』とは別物だった。そうだな、来年の冬・・・いや、夏頃か・・・｣
半年以上も先だというのに、錬兵が普通と違う、なんてことが分かるものなんだろうか？ だけどアルの言うことだ。根拠があってのことなんだろう。
｢でも出陣の準備が整うまでにはまだまだ時間がかかるよ。家の中もまだ混乱してる状態だし・・・。最低でもあと一年｣
一年後では、アルの予想より少し遅れてしまう。しかし、アルは何事もないかのように、
｢お前は普通に支度をしていればいい。夏頃には既に準備が整ってる騎士団がある。俺はそいつらと一緒に行くからな｣
｢黒槍騎士団のこと？｣
｢ああ、その通りだ｣
皇女様の誘いは断ったはずじゃなかったんだろうか。しかし、アルはそんな僕の考えを見越していたらしい。
｢といっても黒槍に入るわけじゃない。一緒に行くだけだ｣
｢・・・わざわざ一緒に行く必要があるの？｣
｢都合が良いんだよ、色々とね。心配することはない。さっきも言った通り、お前は普通に準備を整え、普通に出兵すればいい。せいぜい他の諸侯と『仲良く』しておけ｣
｢アル・・・｣
｢さて、長話はこれで終わりだ。これから忙しくなる｣
｢う、うん｣
｢俺はこれからジュリアーヌのところに行ってくる。改めてお誘いの返事をしに、な。エド、後は頼むぞ｣
そう言って椅子から立ち上がり、
｢帰ってきたら親父の葬式準備だ｣
扉を開け、部屋を出て行くアル。
一人、部屋に残された僕は、ふとテーブルの上、さっきアルが読んでいた本を見た。・・・冠婚葬祭についての本だった。
(・・・！)
僕はやっと理解した。さっきも言ったけど、アルはああ見えて頭のいい人間だ。だけどその反面、世間的な常識に欠けている部分がある。要するに、葬儀の手筈やら何やらを知らなかったのだろう。別に当主という立場を放棄しようというわけではなかったのだ。
(僕や他のみんなに相談してくれれば良かったのに)
誰かに見られたら変に誤解されてしまうかもしれないが、部屋の中で一人、僕はこみ上げてくる笑いを抑えることが出来なかった。
注１：エドの視点から書かれています。
注２：最も大事なことです。これは思いついたことなどを適当にだらだら書いただけの文章です。誤字脱字はもちろん、文法的な間違いや、その他｢変だよなぁ、ここ｣という部分が全篇にわたっております。そういった部分は見なかったことにして下さると大変ありがたいです。
注３：設定は僕の気分と都合であっさり変更される可能性があります。御了承下さい。
■キャスティング・リスト
アルフレッド＝ヴァン＝デラール／ＰＣ／デラール家長男(２２歳)
貴族としての責務を全く無視し続けていた青年。だが、父親の死をきっかけに行動的になってゆく。後のデラール家当主。愛称はアル。 え？ 彼が何故闘技場に行ったかって？ もちろん、｢皇女様｣見物に行ったんですよ(笑)。
エドワード＝ウェイン＝デラール／ＰＣ／デラール家次男(２２歳)
優等生、というイメージがぴったりの青年。アルの双子の弟。後のデラール騎士団団長。愛称はエド。
レクター＝リグ＝デラール／ＮＰＣ／デラール家当主(故人)
文武両道を絵に描いたような人物。立派な貴族であり、武人であり、父親だった。
スコット・ハーヴェイ／ＮＰＣ／デラール騎士団騎士隊長(３１歳)
名前だけが出てくる騎士隊長。エドが団長になった後は、彼が副団長になるのだが、それはまた別の話。出番は完全にここだけであり、アクションとして設定される予定もない不遇の人。
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