涼しげな風が舞う。汗だくになって疲れた体に心地よい……。
そんな修行の合間の一時。
『ボク、お姉ちゃんたちを守る騎士になるんだ！』
不意にオレは、小さい頃の事を思い出した。確かこれは、父上に将来の夢の事を聞かれた時だったと思う。
大好きだった姉上達を守るべき存在に、心底なりたいって思った。父上や兄上は、オレが守るまでも無かったけどな。あっ、でも……。
『でも……ルゼ姉ちゃんは、守らなくても良いかな？ だって、男みたいに強いんだもん、へへ……』
『誰が男だって！ この〜、シュラ待てぇぇぇ！』
『“みたい”って言ったんだよ。へへぇんだ、ほんとの事じゃないか』
『言わせておけばぁぁぁ！ こら逃げるな、こっち来い！』
ククク……、ルゼ姉上にはこんな事言ったんだっけ。当然、この後は追っかけまわされたんだよな。
ルゼ姉上とは、いつもこんな感じだった。けど、その度に彼女が本気でオレの相手になってくれるのが、ほんとは嬉しかったんだよな。
そして、大抵はこの後に……。
『もう……、二人ともよしなさい。いつもいつも喧嘩ばかりして……。ルゼ、貴方はお姉ちゃんなんだから、少しは我慢しなきゃ』
そうそう、こんな風にナル姉上が助けてくれたんだった。優しくて、ほんとに好きだった……。
『アシュラスも悪いです。ルゼも女の子なんだから、シュラが守ってあげなきゃ駄目でしょ？』
ルゥ姉上はそういう時、こんな感じでルゼ姉上の肩を持ってたな。じゃないと、ルゼ姉上がかわいそうだったから。いや、自分も悪かったのもあるんだが……。ま、どっちにしてもナル姉上のように優しかった。
父上や兄上は、笑いながら見てたっけな。
『ハハハハ……アシュラスは元気が良いな。お前なら立派に帝国騎士として皇帝の剣となれるぞ？ 姉と言わず、国を守れ』
『そうですね、父上。その時は、僕と一緒に頑張ろうな、シュラ』
国に忠義の厚かった父上、それに兄上。二人は、ほんとに尊敬できたし、目指すべき人達だった……。
あんなに凄い人達と帝国を守っていけるなんて、幸せだと思った。
だがオレには帝国なんて大きなものより、小さくても幸せをくれた姉上達の方がすごく大事に思えた。いや、姉上達だけでなく父上や兄上もだ。かけがえのない家族ってものが、オレの心の支えになっていた……。
だから、父上や兄上が帝国を守る代わりに、オレは家族を守る剣となる事を「夢」にしたんだ。
あの時なら、絶対にそうできると信じてた。そう、あの時までは……。
そう思ったオレの顔は、鬼の形相となっていた。
そうだ、第２皇女ジュリア―ヌ……！ あいつが…あいつが……。あの女が！ オレの守ろうとしたものを……オレの大切なものを奪っていったんだ！
あの女の血を飲めなかったからだって？ それは、当たり前だろ！ 異神の信仰者で、妖魔の血だぞ？ 飲めるほうがどうかしてるんだ！
飲めなかったとしても、兄上の国に対する忠誠は本物だった。兄上には、兄上の信念があったんだ。それを手前勝手に、自分が気に食わない奴を殺すような真似しやがって！
斬った奴は誰だ？ そいつも許せない……許せるものか！
父上だってそうだ。それまで十分に帝国に仕えて来たのに、皇帝は教団の暗殺者を送りこんだ。
あの女に反旗を翻したのは当然だろ？ 最愛の息子が殺されたんだんだから……。
なのに……なのに……、切り捨てるみたいに殺しやがって……。
得体の知れない教団も…それとつるんでる皇帝も……絶対に許せないぞ！ 奴らが支配してる帝国が許せない！
何故、姉上達は従ってるんだ！ 悲しくはないのか？ 苦しくはないのか？ 自分たちにとって大事なものを奪われたはずなのに！ 何故だ、何故なんだ！ いくら考えてもわからないよ……。
だから、オレはあれ以来、「夢」を変えたんだ……。あの女に、皇帝に、教団に、そして今の帝国に！ 復讐してやる……。そして、父上や兄上の無念を晴らしてやる……。姉上達の目を覚まさせてやる……。それが、今のオレの「夢」だ！
それを果たせば、オレはまたあの時の様な幸せな時に戻れる。フフフ、戻れるんだ……。邪魔などさせない……絶対にさせないぞ！
そこまで思った時、オレは不意に呼ばれた声に振り向いた。師匠が呼んでいる。
「また、厳しい修行の再開か……」
思わずそう呟いたオレの顔は、辛そうな表情を浮かべてはいない。むしろ、笑みさえこぼれていた。
何故なら、オレの「夢」の実現に一歩近づけるのだから……。
＜終わり＞