闇の紋章プラリア 作者：瀬奈さん 掲載日：２００１．９．２５
＝思い散る花、怒り咲く華＝（前編 〜思いゆく涙、決意の現れ〜）
『心配しないで』そういってあの人は行ってしまった。それがあの人の最後の姿であったと誰が信じたであろうか？ 『どうしても』そういうあの人を止めることはできず、ただその姿を見送った。そして、あの人は帰る約束もしないで出かけていった。
信じていた、帰ってくると。
信じていた、帰ってくると。
心配になって、何度も何度も現場付近に足を運び、一晩中待ちつづけた。その晩、結局あの人が帰ってくることは無く、私はそのままその場で待ちつづけた。雨が降り、濡れた服が重くなろうと、冷たい風が私の体を打とうとも……
夏の日にしては涼しい日が続き、三日三晩待ちつづけた私はついに意識を失った。
誰かの背に揺られて運ばれたような感覚はあった。気がつき身を起こしてみるとそこは住み込みの教会の自室だった。改めて自分の恰好を見まわすとあまりにひどい恰好で、とりあえずシャワーを浴び、着替えることにする。
その間、考えていたことはあの人のことだけ、受け入れられない事実、信じていたい自分、その全てが逃避であることは理解している。でも真実はまだ受け入れる気になれなかった……。
暗い考えを振り払うようにいつもとは違う少し晴れやかな着物を選んで身につける。今日は教会の掃除はお休みしよう。
精一杯自分を飾って見たけれど顔に差す暗い影が全てをだいなしにしている気がしたけど、我慢することにした。
大学は夏休みでいくあてもなく、気がつけばいつものように浅草の喫茶店『シュピールドーゼ』に足を運んでいる。何もかも信じたくなかった、一時の安らぎに身を委ねていたい。そうした気持ちが自然とここへ足を向けた理由なんだろう。今、自分が何をしたいのか？ そんなことすらもどうでも良かった。ただ現実を見つめるのが怖かった……。
いつも自分が座っている席は先客がいたので、窓側の小さな席に座る。すぐにウェイトレスさんが注文を取りにやってくる。
「……ダージリンのセカンドフラッシュを二つ……」
ここにあるのか知らない。私はいつもアールグレイかクラレットティーだ。でも今日はそんな気分になれなかった。あの人の好きな紅茶を頼んでみる。ウェイトレスさんは思いつめている私の表情をみてか、何も言わずに厨房に戻った。
店内に流れるオルゴールの旋律が慰めるように心に染みる。この場所はいつでも安らぎをくれる。修道会のみんなにも何度一緒に行こうと誘ったかわからない。でも彼らはいつも答えは『ダメ』だった。折角だからと、マスターに無理を言って紅茶の葉を実費で譲ってもらい、教会でお茶会をした。いまでも紅茶の入れ方はいろいろ研究している。でも、マスターのようにおいしい紅茶をいれたことはただの一度も無い。それでも、みんなは美味しいといってくれた。ささやかなお茶会にもあの人は忙しくてあまり一緒にお茶をしたことが無い。でも、数少ない機会にはマスターに無理を言ってダージリンを仕入れてもらったりもした。
そんな風に一人で思い出にふけっている間にいつのまにか紅茶が置いてあった。ウェイトレスさんは気を利かせてくれたのだろう、私のちょうど真向かいの席にもう一つの紅茶が置いてあった。
湯気を立てる紅茶をそっと一口。優しい紅茶が身にしみる。そして、現実を見つめる強さをくれる。
ガシャン……
押し寄せる悲しみの波に押しつぶされそうになり、ティーカップを落としてしまった。
「そ、そんな、嘘でしょ……」
自然と震えた声が口から出る。時間は三日前のあの日に戻り、認めたくない真実を認めた瞬間、それは堰を切ったかのように抑えていたものを溢れさせる。
ウェイトレスさんが何かをささやいたが聞こえなかった。私の瞳はその時何も映してはいない。ただ、押し寄せる『悲しみ』に翻弄され、深く静かな思い出の海に沈む。
「フローベルさん……どうして……」
思えば思うほどに涙は溢れ、頬を伝ってまだ暖かい紅茶の上に落ちる。声を出すことなく涙が溢れるままにまかせた。
お店に迷惑はかけれない。涙が止まるとそっと席を立ち少し多目のお金を置いて店を出た。
自然と足は教会へと向かう。悲しみが落ち着くと、自然とそれに変わって怒りがこみ上げて来る。ふつふつと涌き出る怒りを抑え、不死者となってしまったあの人を思う。
様々な怒りは不死者に対してのもの、あの人に対してじゃない。でも、今はあの人も不死者……
倒さなければいけない、しかし、それはあの人ではなく不死者……
しかし、あの人は不死者……
心の中での葛藤が私を悩ませる。倒すことでしか解決しないのか？ 救う術はないのか？ 悩みつづけ問いつづけても答えは無い。
そんな折にふと昔のことを思い出した。小さい頃可愛がっていた犬が交通事故で死んでしまったときのこと。あの時の父の言葉を…
『雫、生き物の寿命は病気で死のうと、何かによって殺されようともそれは何かによって定められた宿命。全ては寿命が尽きるとは長生きして言うのでなく、死んだとき、その時が寿命が尽きたというんだ』
『嫌です、そんなこと信じません！ ダイを、ダイを生返らせて！！』
『……死人として黄泉帰ることは出来る。だが決してそれはしてはいけないことだ。お前は満足かもしれない。でも、黄泉帰ったものは耐え難いほどの苦痛と餓えに苛まれる。安らかに眠らせてあげる。それが一番なのだ。万が一そのような存在を見つけたら救ってあげなさい、滅するという手段を持って。それが月姫一刀流を学ぶものにに与えられた役割だ……』
『………！！』
最後に何を自分が言っていたのかは覚えていない、ただ父の言葉だけは鮮明に覚えている。何故父がそんな話をしていたのか、その時は全然理解できなかった。いや、理解したくなかった。
でも、いまなら父の言葉の意味がわかる。
「フローベルさんを救ってあげないと……」
言葉にしてみる。それが強さをくれる。怒りも悲しみもまだ自分の中で溢れている。ふとしたことで涙は流れ、怒りは私自信を焼く。
教会に着き、自室に戻り自ら封印した引出しを開ける。そこには一本の巻物と一振りの小太刀が納めてある。
「……月姫一刀流終奥義『月光風之舞』……」
宗家から持ってきた唯一の奥義書と刀。月姫一刀流にしては珍しく短い刀を使う門外不出の奥義。風のように動き、風が舞うように一瞬にして全てを切り裂く。短い時間で体にかかる負荷は恐ろしいものであるため、決して使用してはならない。そう言われてきた。
「……破魔刀『月姫』……あなたを使うのはこれで三度目ね……でも、あの人を救うにはあなたの力を借りるわ。いつもの刀では今の私の感情に耐えきれないから。」
そっと鞘から出してみる。青白い光を放つ刀身には月下で舞いを舞う一人の姫の絵が装飾されている。
込上げる怒りと、溢れる悲しみを抑え、そっと刀を戻す。不死者への怒りは尽きない。あの人への悲しみも尽きない。でもその両方が今の私を動かす原動力。
「フローベルさん……あなたを救って見せます……」
小さな小さな決意をして、そっとベッドに横たわった。
そしてその晩、全ての思いを涙に変えて枕を濡らした。
終
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瀬奈さんより頂いた闇の紋章の月姫雫さんのプラリアです。
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