黄昏の紋章プラリア 作者：中安さん 掲載日：２００２．６．３
学校へ行こう！
１
４月、若宮奈海のいる四国では、樹精により独立運動が展開されていた。樹精は２００万人もの人質を取り、香川県北部以外の四国のほぼ全土を支配した。それに対して人類側は、警察の特殊外患対策班を派遣する。樹精との対立が深まっていった。
だが、そんな大人の事情も奈海達子供には関係ない。４月と言えば入学式である。奈海が通うことになった中学は、昨日入学式を無事終了し、今日から授業が開始されることになっていた。真新しいセーラー服のミニスカートを靡かせながら、自分の所属する教室へと奈海は向かう。一時限目は、担任の先生の紹介など、クラスの簡単な顔合わせが行われることとなった。席は出席番号順になっており、女子の一番最後である奈海の自己紹介の番となる。
奈海は名前を呼ばれると、「はい」と元気よく返事をし、すくっと立ち上がった。そのまるで声優のような可愛らしい声は、一瞬で注目を集める。ショートカットで、スラリとした身体付きの少女、声のイメージとピッタリな、いや、声のイメージ以上に愛らしかった。
「はい、若宮奈海です。得意なものは料理と裁縫、好きなものは珠希お義姉ちゃん、苦手なものは特にないかな。今年から中学校に入学して、何が始まるんだろうって、ドキドキしています。皆さん、宜しくお願いしまーす！」
奈海はペコリとお辞儀する。途端にクラスが盛り上がる。クラスの男子から、「スリーサイズは？」とか、「好きな人いるの？」とか、色々質問が飛んで来た。奈海ははきはきと答える。その奈海の人気者ぶりを見て、面白く思ってない人物がいた。
「なあに、あの子。クラスの人気者はわたくしの筈なのに。なのに、なのに……」
その人物はギリッと歯を食いしばった。
○
１時限目が終わって、奈海は机に突っ伏した。
「ふぃ〜、疲れたよ〜」
頬を机に押し付ける。机のひんやりした感触が気持ちいい。しばらく奈海はその気持ちいい心地を心行くまで堪能する。しかし、そんな奈海に声をかけてきてくれた人がいた。
「ねえねえ、若宮さん。あたし達とお話しない？」
ロングヘアの勝ち気な感じの女の子と、顎の先で揃えたソバージュのおっとりした感じの女の子が立っていた。奈海は最初きょとんとしたが、直ぐに我に返る。ブンブン激しく首を頷かせる。
「うんうん、話す、話すぅ！ 一緒にお話しよ！」
二人は近くから席を用意して、奈海と話が出来る位置に座った。奈海は二人の顔を思い出す。勝ち気な子が一の瀬千夏、おっとりとした子が初川小百合という名前だった筈だ。千夏は早速親し気に話し掛けてくる。
「しかし、若宮さん、美人だね。あたし、驚いちゃったよ。最初、芸能人かと思っちゃった」
「えへへ、そうかなあ、有難う！ ちぃちゃんも可愛いよ」
「ちぃちゃん？」
千夏は不思議そうに自分の顔を指す。
「うん、千夏ちゃんだから、ちぃちゃん。それと小百合ちゃん。わたしのことは奈海でいいよ」
「じゃあ、奈海、奈海って呼ばせてもらうね。奈海は本当にお義姉ちゃんのこと、大好きなの？」
「好きだよ〜。珠希お義姉ちゃんになら、わたしの身も心も捧げていいくらい」
小百合が感心したように言う。
「シスコンなんだあ」
千夏は頬杖をついた。
「あたしは姉妹なんてうっとおしいと思うけどな。うちの姉なんて、口煩いだけだよ」
「珠希お義姉ちゃんは特別だよ。美人だし、優しいし、頭いいし……」
奈海はぼけら〜と珠希のことを考える。珠希のことを考えると奈海はとても幸せになれるのだ。
そんな奈海の元にカツカツと一人の人物が近付いてきた。
「ちょっと若宮さん！」
突然きつい声をかけられ、奈海はきょとんとしてしまう。
「なあに？」
視線を向けると、目の釣り上がったきつい感じのする美少女が立っていた。確か紅柳麗華という名前だった筈だ。
「あなた、自分が可愛いからって、調子に乗ってないかしら」
奈海はブンブン首を横に振る。
「調子に乗ってなんかないよ」
「いいえ、わたくしが乗っていると言えば、乗っているのですわ。あなた、目障りです」
そのあまりのきつい言い方に、奈海は困惑してしまう。
「目障りって、じゃあ、わたし、どうすればいいの」
「わたくしを崇め、敬いなさい。まずはわたくしの靴を舐めて、服従を誓いなさい」
麗子は奈海の頭を自分の足の方にグイッと押し付ける。勿論、奈海は抵抗する。
「ちょっとぉ！ わたし、珠希お義姉ちゃん以外の相手にそんなことするの、嫌だよ！ 麗華ちゃん、何か変だよ！」
「わたくしは変ではないですわ。あなたもわたくしの奴隷にしてあげると言っているの、大人しくしなさい」
「もう、わたしは珠希お義姉ちゃんの奴隷なの！ これ以上御主人様はいらないよぉ！」
さすがのこの聞いてて恥ずかしいやり取りに、千夏は止めに入る。
「あの、この子、本気で嫌がっているみたいだから、やめたら？」
「まあ、あなた、わたしくに逆らうつもりですの？」
麗華は千夏を睨み付ける。千夏は鼻を鳴らした。
「別にあたしはあんたの奴隷じゃないからね。あんたに従うつもりはないよ」
二人の間で火花が散る。奈海はオロオロとし、小百合に助けを求めた。しかし小百合はこの状況を何とも思ってないようで、ほわわんとしている。睨み合いに先に負けたのは麗華だった。
「フン、まあ、いいですわ。でも、これだけは知っておきなさい。この学園の支配者はわたくしだということを。わたくしに逆らうとどうなるか、今に思い知ることになりますわ」
麗華は自分の席へと去っていった。奈海はホッとして、身体中の力を抜く。
「助かったあ……有難うね、ちぃちゃん」
「別にいいわよ、わたしもムカついたから。でも、あいつ、一体何様のつもりなんだろ」
千夏の疑問に小百合は答える。
「紅柳麗華でしょ、あたし、聞いたことあるよ。美人で、頭脳明晰、成績優秀、人の注目を集めてなきゃ気が済まない性格らしいよ。何でも、このあたりの権力者の娘だって」
「へえー、嫌な奴。自分が権力者の娘だということを鼻に掛けてるんだ。それで可愛い奈海に嫉妬して、あんな態度を取った訳だ。奈海、あんな奴、気にすることないよ」
「うん」
奈海は一応頷く。でも、頭の中ではあんな麗華と言えども、仲良くしたいなあ、と考えていた。
２
３時限目は体育の授業で、始めての体育ということで体力測定が行われた。それも無事終了し、奈海達は着替えるために更衣室へ向かう。
「ねえねえ、奈海って、見かけによらず、運痴なんだね」
千夏は半分呆れたように、半分感心したように言った。
「そうかなあ？ わたし、運痴なのかな？」
「そうだよ。全ての測定において、クラスでは最下位だったじゃん」
「えへへ、全力は尽したんだけどね」
奈海は恥ずかしそうに頭を掻く。
「ふむふむ」
千夏は突如足を止めて、屈み込むと、奈海の太ももを撫でた。ひゃっ、とびっくりした声を奈海は出す。
「何するの、ちぃちゃん！」
千夏は苦笑いする。
「いや、羚羊のようにしなやかな脚をしているのに、本当に勿体無いな、と思って」
小百合はのほほんとコメントした。
「廊下の真ん中でそんなことしていると、千夏ちゃんが危ない趣味の持ち主に見られるから、やめた方がいいよ」
千夏は肩を竦める。
「そうだね、奈海の同類だと思われたら、困るもんね」
奈海はプクッと頬を膨らませた。
「もう！ わたし、危ない趣味なんて持ってないもん！ ただ珠希お義姉ちゃんのこと心から尊敬しているだけだもん！」
そんなやり取りをしている間に、更衣室に付いた。
更衣室に入ると、早速千夏と小百合は着替えを始める。しかし、奈海はキョロキョロと辺りを見回すばかりで着替えを始めない。千夏は不思議そうに尋ねた。
「あれ、どうしたの、奈海？」
「うん、あのね、ここに置いた筈のわたしの制服が見つからないの」
「制服が？」
「そうなの。ちぃちゃん、知らないよね」
奈海はあちこち更衣室を探して回ったが、制服は見つからない。そこに勝ち誇った表情で、麗華が近寄ってきた。
「あら、どうなすったの、若宮さん？」
素直に奈海は答える。
「あのね、わたしの制服が見つからないの。麗華ちゃん、知らない？」
「あら、わたくしが隠したとでもいうつもりかしら？」
「ううん、そうじゃないけど……」
「わたくしは知らないわ。きっとあなたに恨みのある人が何処かに隠したのね。あなた生意気だから、沢山人から恨みを買っている筈ですしね」
その会話に千夏が割って入る。
「奈海に恨みを抱いている人物なら、紅柳、お前が一番怪しいじゃないか」
「まあ、わたくしを疑うつもりですの。証拠はあるのかしら？」
千夏は口籠ってしまう。
「いや、証拠はないけど」
「そうですよね、証拠はございませんよね。証拠もなしに人を疑う真似はやめてくださらないこと」
フフンと麗華は鼻を鳴らす。そのまま麗華は去っていった。千夏は麗華の去っていった方向を悔しそうに見つめた。
「くそっ、あいつが取ったのは間違いないのに！ ふてぶてしい奴め」
奈海は千夏の腕を引っ張る。
「落ち着いて、ちぃちゃん。わたしは大丈夫だよ」
「でも、制服がなかったら、困るだろ？」
「大丈夫、今着ている体操着は取られてないから。制服が見つかるまで、体操着でいるよ」
「それじゃあ、あいつの思うつぼじゃないか」
悔しさのあまり、千夏は歯を食いしばった。
○
奈海が体操着で教室に入っていくと、一瞬教室は静まり返り、それから男子生徒から歓声が上がった。奈海が着ているのは、緑色のラインが入った白い半袖Ｔシャツに緑色のショートパンツというこの中学指定の体操服だ。まだ４月なので、本当なら学校指定のジャージも着ている筈だが、奈海は間違えてサイズの違うジャージを買ってしまったため、今日は持ってこなかったのだ。
奈海は注目されている恥ずかしさのあまり、ゆでだこになってしまう。顔を恥ずかしそうに俯かせながら、自分の席についた。周りがズボンとスカートなのに、自分だけ体操服姿だというのは恥ずかしい。
授業が始まり、先生が来ると、先生まで奇異の目で奈海を見てくる。奈海はこの場から消えてなくなりたいと、切に願った。
だが、授業が終わり、後は帰るだけになると、奈海も幾分気が楽になる。奈海は鞄に教科書などをしまい、席を立った。
「ちぃちゃん、小百合ちゃん、一緒に帰ろ」
「うん、いいょ」
奈海、千夏、小百合は３人並んで歩き出す。千夏は奈海に尋ねる。
「奈海は何処の不活に入るか、決めた？」
「うん、料理部に入ろうと思ってるよ」
「そうか、奈海、料理が得意だって言ってたもんね」
そんなことを話ながら廊下を歩いていると、突然背後から奈海は呼び止められる。
「おい、若宮」
振り返ると、担任の先生が困惑した様子で立っていた。
「何ですか、先生？」
「お前、何をやった？」
「へっ？」
突然変な事を聞かれ、奈海は怪訝な顔をする。先生は続ける。
「理事長がお呼びだ。何故お前のことを呼んでいるのか分からないが、くれぐれもそそうのないようにな」
先生は事情を聞こうか聞くまいか、迷った目で、奈海の顔を覗き込む。理事長が一生徒を呼び出すなど、珍しいことなのだろう。だが、結局先生は事情を聞かずに、用件だけ告げて去っていった。
代わりに好奇心に満ちた目を千夏が向けて来る。
「奈海！ 何、やったの、一体？」
「んー、分かんない」
「理事長に呼ばれるなんて、よっぽどのことだよ。心当たりないの？」
「うん、全然ないよ」
奈海は首を傾げた。でも、こうして考えていても仕方ないので、千夏達と分かれて、理事長室に向かうことにした。
○
奈海は理事長室を軽くノックする。部屋の中から声が返ってくる。
「誰だ？」
「若宮奈海です」
「入りたまえ」
声に従い、奈海は理事長室に入った。理事長は洗練された感じの中年男であった。灰色掛った髪に、威厳の漂う容貌、ロマンスグレーとはこういう人のことを言うのであろう。理事長は書類から目をあげると、奈海の方へ目を向けた。
３
ゴージャスな調度品で囲まれた部屋を麗華は我が物顔で歩いた。それも当然、ここは麗華の家なのだ。でっぷりと太った狸親父がでれっと顔を崩して、麗華を迎える。
「おおっ、麗華、帰ったか。学校はどうだったか？」
「お父様！ それがですね、麗華、酷い目にあいましたの」
麗華はわざとらしく涙ぐんでみせる。途端に麗華の父はオロオロする。
「ど、どうしたのだ、麗華！ 一体学校で何があったと言うのだ！」
「わたしく、虐められてしまいましたの。もう学校には行きたくありませんわ」
「だ、誰にだ！ 私の宝である麗華をいじめたのは！」
「もうわたくし、あの子と一緒の学校にはいけません」
麗華の言葉に麗華父はコクコク頷く。
「そうだな、分かった。でも、お前がやめることはないぞ。そいつをやめさせるように、明日理事長に頼んでみよう」
「有難う、お父様！」
麗華は麗華父の首根っこに抱き着いた。そしてこっそりと舌を出す。全ては麗華の思惑通りであった。これであの生意気な、若宮奈海をやめさせることが出来る。もうあの奈海の小憎たらしい顔を見なくて済むのかと思うと、せいせいした。
○
奈海が体操着姿で若宮邸に戻ると、当然制服はどうしたのか、と身の回りの世話をする人に聞かれた。まさか無くしたとも言えず、奈海は汚れてしまったから着替えたといってごまかした。部屋に戻り、白い長袖Ｔシャツにサスペンダー付きミニスカートという私服姿に着替える。それからいつも通り若宮邸での授業が始まった。学校の歴史では教えてくれない裏の日本史や若宮の歴史を習わされる。それが終わると、やっと食事の時間が来た。
奈海は珠希と一緒に食事をする。珠希と一緒のこの時間が、奈海にとって何よりも至福の時間であった。奈海は一生懸命珠希に今日学校で起こった楽しかった出来事を話した。珠希は興味深そうに聞いている。珠希は１２歳の時に失踪し、１４歳の時に発見されたが、それから直ぐに若宮宗主の筆頭護法となってしまった。学力は家庭教師がいるので問題はないが、奈海のように中学校に通った経験はない。
「それで、友達が出来たんだよ。ちぃちゃんと、小百合ちゃん！」
「……友達？」
「そう、友達だよ、珠希おねえちゃん！」
珠希は不思議そうな顔をする。学校での友達というのが、どのようなものか想像が出来なかったのだろう。奈海はどれだけ友達がいいものか、身ぶり手ぶりで熱演した。奈海の熱心ぶりがおかしかったのか、珠希は口許に微笑みをたたえながら話を聞いてくれる。その笑みを見るだけで、奈海は天にも上る心地になった。
奈海は調子に乗って尋ねた。
「それでね、それでね、珠希お義姉ちゃんの方はどう？ お仕事上手くいってる？ 小豆さんにいじめられてない？」
珠希は曖昧に首を傾げる。追求されたくないのかな、と思って、奈海はそれ以上聞くのをやめた。
やがて食事が終わり、珠希と奈海はそれぞれ自分の部屋に戻った。これから珠希は夜遅くまで仕事をしなければならない。奈海と遊んでいる時間はない。だが、奈海はある一つの決意をしていた。
（奈海も今日は珠希お義姉ちゃんと一緒の布団で寝る！）
別に奈海だって人一倍潔癖な女の子、それに皆が言っているように本当に同性愛の趣味がある訳ではない。むしろ奈海だって男の子には興味はある。ただ純粋に珠希にベタベタ甘えたかっただけなのだ。奈海は水色のネグリジェに着替えた。いつもは子供っぽい寝巻きを着ているのだが、今日は特別な日なので、ネグリジェにした。そして夜中、こっそり珠希の部屋に忍び込む。
「珠希お義姉ちゃん、一緒に寝よ」
珠希は首を上げて、不思議そうに奈海を見た。奈海は珠希に甘えようと飛びつく。しかし目の前の珠希は奈海が触れると光の珠となって消えてしまった。奈海はポツンと呟く。
「……十二羅刹？」
しばらくしてから我に返る。失望のあまり、枕をポコポコ殴った。
「もう、もう、もう！ 珠希お義姉ちゃんの馬鹿ぁ！」
「誰だ、うるさい。そこで何をしている！」
珠希のお目付役の老人が部屋に入って来る。奈海の姿を見かけると、顔を顰めた。
「奈海様、何をしておるのです。ただでさえ妖しい普段の奈海様の言動、夜中にそのような姿で忍んでこられますと、疑われますぞ」
「いいもん、今日はこの格好で、珠希お義姉ちゃんを誘惑しにきたんだもん」
拗ねて奈海はそんな風に言う。老人は頭から湯気を出した。
「奈海様！ 珠希様まで妖しい道に引き込まないで頂きたい。直ぐにこの部屋から出て行きなさい」
「はーい、分かりましたよぉ」
奈海は舌を出すと、珠希の部屋から出ていった。
○
次の日、奈海が学校に登校してくると、麗華が一緒に理事長室へ来るようにと言ってきた。訳が分からなかったものの、奈海はついて行く事にする。
その頃理事長室では、麗華父と理事長が話しをしていた。
「昨日、娘が泣いていたんだぞ！ この学校は生徒に一体どういう教育をしているのだ」
「すみません、紅柳様。私共も今後はこのようなことがないようにします」
「娘は虐めた相手と一緒には同じ学校にいたくないと言っておる。娘にこの学校をやめさせてもいいのだぞ。だが、そうなったら、もう２度とこの学校には金を寄付してやらんぞ」
「いえ、その……分かりました、紅柳様。お嬢様を虐めた生徒は必ずこちらで処分しますので、どうか気を沈めてください」
「退学にするんだぞ」
「はい、何とでも理由を付けて退学に致します」
理事長はペコペコ麗華父に頭を下げた。それから麗華父に尋ねる。
「それで、そのお嬢様を虐めた生徒の名前は何と言うのでしょう？」
「さあな。だが、今、娘が呼びに言った、直ぐに連れてくるだろう」
丁度その時、理事長室の扉がノックされる。理事長は、入りたまえ、と扉の外の人物に声をかける。扉を開けて、麗華が奈海を連れて理事長室に入ってきた。奈海の姿を見て、理事長と麗華父は顔色を変える。麗華は勝ち誇った顔で言った。
「連れてきたわよ。この子がそうよ」
奈海はきょとんとする。既に理事長と麗華父の顔色は、真っ青を通り越して血の気がなくなって真っ白であった。麗華父は掠れた声で麗華に言う。
「……馬鹿もの」
「えっ、なあに、お父様？」
「馬鹿もの」
麗華父は慌てて麗華の頭を自分の口に引き寄せた。焦った口調で囁く。
「あの方を誰だと思っているのだ」
「えっ、あの方って、若宮奈海のこと？」
「そうだとも、奈海様だ。日本の闇の世界に多大な影響力を持つ、若宮家の宗家の珠希様の義理の妹だ。珠希様が行方不明になっていた時は若宮家の代表として、さまざまな催しに出席して、政財界に多大な影響力を持っていると言う。奈海様が一言言えば、私の首など簡単に飛んでしまうのだぞ！」
「そんな！」
麗華は呆然自失になってしまう。理事長と麗華父は慌てて奈海を持てなした。
「さあ、さあ、奈海様、どうかくつろいでください」
奈海はきょとんとする。
「えっ、でも、用事なって何なの？」
「いえいえ、対した用事ではありません。ただ、奈海様のお顔が見たかっただけです」
奈海は事情説明を求めるように、麗華の顔を見た。麗華は屈辱のあまり、きつく唇を噛み締める。奈海の視線には気付いたものの、それには答えず、踵を返して、理事長室を出て行ってしまった。
○
麗華は学校の裏庭で一人歯ぎしりをしていた。自分はあの若宮奈海に負けたのだ。それを思うと悔しくて仕方なかった。
そこに奈海がやってくる。麗華の様子がおかしいのを心配して、探しに来たのだ。
「麗華ちゃん！」
「何ですの？ わたくしを笑いに来たんですの」
麗華はツンと奈海から顔を逸らす。突然奈海はぴたっと麗華に抱き着く。麗華は慌ててしまった。
「何なさいますの、離れなさい」
しかし奈海は麗華をしっかり抱いて離さない。その状態のまま、奈海は麗華の顔を覗き込んだ。
「あのね、わたし、麗華ちゃんともお友達になりたい。嫌われたままなのは、嫌なの」
「わたくしとお友達？ あなた馬鹿じゃないですの。わたくしが今までしてきたこと、忘れたんですの？」
奈海は麗華から離れた。てへへと頭を掻きながら笑う。
「うん、だって、奈海、馬鹿だから。だからね、麗華ちゃんが奈海に色々なことを教えて欲しいの」
奈海は照れくさそうに言うと、そのまま校舎へ向かって走っていってしまった。
麗華は呆れたような、感心したような顔をする。あの子こそ、正真正銘の馬鹿者だ。だが、そんな馬鹿に付き合ってあげるのもいいかもしれない。
（それに、あの子を利用すれば、わたくしの権力は保たれますしね）
そう麗華は心の中で言い訳する。その日以来、奈海と麗華は友達になった。
友情は、四国が花粉で住めなくなるまで、いや、住めなくなってからも、疎開先の学校で続いたのであった。
■キャスティングリスト
若宮奈海（わかみや・なみ）
１２歳／女／ネイキッド／コモン／１５２ｃｍ／３５ｋｇ
若宮珠希の義理の妹。脅威の業界の有名人／政財界×３の持ち主（笑）。父親は悪魔で、奈海は母に望まれて生まれた子供ではなかった。そのため、母親に疎まれて生活する。５歳の時に若宮家に引き取られた。天真爛漫で、元気一杯の性格をしており、良く泣いたり笑ったりする。でも、それは５歳まで誰にも愛されずに暮らした環境により、人に嫌われるのを極端に恐れるようになったためで、本当は地味な性格である。ショートカットで化粧気はまったくなく、ミニスカート系の服を好んで纏っている。
若宮珠希（わかみや・たまき）（ＮＰＣ）
１４歳／女／テイマー／ガーディアン／１５２ｃｍ／３７ｋｇ
若宮宗主の筆頭護法となった少女。若宮に伝わる十二羅刹の継承者としても知られることから《羅刹の継承者》とも呼ばれることがある。一二歳の時に行方不明になっていたが、『東京争乱』の際に新宿で保護されていた。『十二羅刹』は若宮家に代々伝わってきた使役妖魔であり、その力は、一体が一人の魔人に匹敵するといわれる。叔母である志津江の代理として、四国に樹霊たちとの交渉に訪れており、問題解決のために奔走している。
若宮小豆（わかみや・あずき）
１４歳／女／ビショップ／ガーディアン／１２０ｃｍ／３０Ｋｇ
清水若宮の出身。とにかく争いが大嫌い。将来を有望視されている。軟弱貧弱な珠希を蹴落とそうとしている。
オリジナルＮＰＣ
一の瀬千夏、初川小百合、紅柳麗華、麗華の父、理事長、他。
【管理人紹介】
中安さんより頂いた黄昏の紋章の四国で活動中の若宮奈海さんのプラリアです。
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