「それ」を最初に見つけたのは、広大なハイランド卿のオーストラリアの別荘で働く、庭師だった。
「何だろうな…コレは。」
「何でしょうね…旦那。」
すぐに連絡を受けたハイランド卿は、訝しげ、というより警戒心の強い眼差しで「それ」を見上げる。
何しろ今、オーストラリアやニュージーランドでは、動物達の大暴走が続いているのだ。野生、家畜、ペット、動物園の人気者を問わず、集団になって街を失踪し、何処へと消えている。「それ」がこの事件に何らかの関係がないとは、言い切れないのだ。
「どうします？ 旦那。」
「………とりあえず捕獲しよう。」
ということで、「それ」が棲み着いた木の下には網が張られ、屋敷の使用人を代表して、第一発見者の庭師が、木の幹を思いっきり蹴飛ばした。
ひゅるるるるるる………どさっ。
「かかれぇぇぇぇぇ！！！」
ハイランド卿の号令と共に、スキやクワやほうきやチリトリや鍋の蓋で武装した使用人達が、わさわさと落ちてきた「それ」を網でくるみにかかる。何の抵抗もなく網にくるまれ折りに放り込まれた「それ」は、一緒に放り込まれた木の葉を平然と食べ尽くしてから。
「……………………！！！（ががーん！！←効果音）」
やっと気づいたかのように、漫画で言うところの稲妻フラッシュと効果音を背景に、驚いて見せた。
「で、どうします？ これ」
「どうしたものかなぁ………。」
一通りショックを受けた後、檻の中の「それ」はすぐに新しい環境に馴染んだようだった。一方で全く事態に馴染めていない人間達は、檻を前に途方に暮れるばかりだった。
「一応害はなさそうですが………。」
「さっきの変な稲妻も、全然びりびりこなかったですし。」
「あれって、幻なんですかねぇ。」
「でも、こんな得体の知れない生き物、変な妖魔とかだったらどうするんです？」
「というか、害出てるんですが。コイツのついてた樹、もう丸裸ですよ！？」
涙混じりに庭師が訴えたとおり、「それ」のおかげで、深緑がいよいよ色濃い緑に変わろうとしていた桜の木は、季節を半年逆行したかのように無惨な姿になりはてていた。
「ああ！？ 枝までやられてる！！」
「やっぱり害虫かなぁ。」
「害虫かもなぁ。」
ひそひそと相談する人々の前で、「それ」はただひたすらマイペースに、口を動かしている。
「おい！ コイツ、網まで食ってるぞ！？」
………どうやら「それ」は、恐るべき捕食能力を秘めているらしい。
「………駆除しよう。」
「その方がいいですよ。」
「いや、その前に保健所に………。」
自分の余命が残り僅かなことも知らずに、「それ」はもぐもぐと口を動かし続ける。
「………可哀想だが仕方ない。今から保健所に連絡して………。」
「何コレお父様、可愛い〜〜〜〜〜〜〜っ（はぁと）」
突如として現れた黄色い声の持ち主に、その場にいた全員（「それ」除く）が、がっくりと肩を落とした。
「ヤダ飼いたいっ。レイチェルコレ欲しいっっ。」
「ダメだったらダメだ！ レイチェル世話できるのか！？」
「できるもんっっ。」
遂に始まってしまった父と娘の口げんかに、使用人達はオロオロと見守るばかりだった。
「だいたいこんなモノ、どうするつもりだ！？ レイチェルにはもう、チョコレット伯爵がいるだろう！！」
「だからだもんっ。チョコレット伯爵は騎士なのよ！？ だったらお馬さんがいるんだもんっっ。」
と叫ぶレイチェルの横で、チョコレット伯爵を名乗る猿のぬいぐるみらしきモノは、予行練習とばかりに「それ」にまたがっていた。
「ああ！？ いつの間に檻から！！」
どうやらチョコレット伯爵は、以外に手癖が悪いらしい。
「ほら、とっても似合うでしょ！？」
「「「「「「「にあわねぇ………！！」」」」」」」
レイチェルの言う白馬に乗った騎士………実際は、数十センチはあろうかという巨大イモムシにまたがった猿のぬいぐるみらしきもの………は、確かにある意味似合っていた。ある意味で。
「ね、だから飼いたいーーーーーーっっっっっ。」
「ダメですお嬢様！ そいつの口元を見て下さい！」
あまりな光景に絶句したハイランド卿に代わり、庭師が抗議する。
「あら？ ここってたしか芝生生えてたわよね？」
「コイツが食っちゃったんです！！ このままじゃこの屋敷、一年で丸坊主ですよ！？」
「そうですお嬢様、しかもコレは網まで食べちゃうんです。お嬢様もいつ食べられてしまうか………。」
そういわれレイチェルは、じぃっとイモムシを見つめる。イモムシは背中ではしゃぐチョコレット伯爵に構わず、のんびりと芝生を食んでいる。
「………それ、食べちゃダメよ？」
イモムシの側にしゃがみ込み、顔を覗き込むようにレイチェルは言った。ぴたっとイモムシの動きが止まる。
レイチェルとイモムシの視線があった。じっと見つめ合う両者。と。
「うわぁぁぁ！？」
「何だコレは！？」
きらきらきらきら………と、まるで少女漫画の背景のごとく点で描かれた楕円が飛び交う。まるで、「一目会ったその日から」のようだ。
「………見事な点描ですね。コレはプロの技………！」
「なんでそんなことが判るのかね、メイドその１。」
「え？ ただ聞いたことがあるだけですわよご主人様っ。」
実はこっそり内職（笑）などをしているメイドその１は、爽やかに明後日の方向を向いて誤魔化した。
等という日常の一コマはとりあえず置いといて、人々は事の成り行きを見守った。
やがてイモムシは、口の中身を飲み込んだのかもぐもぐを止め、レイチェルにすり寄る。そして甘えるかのようにその手に頭をすりつけた。
「………可愛い〜〜〜〜〜〜〜（はぁと）。」
レイチェルも気に入って、イモムシの頭を撫でる。すると今度は、点描に代わりぽわぽわと落書きのような花が現れた。どうやらイモムシは、ご機嫌らしい。
「………この花とかさっきの稲妻とかって、イモムシが出してるんですよね？」
「コレで感情表現しているつもりなのかな………？」
ひそひそと会話が囁かれる。呆然とする大人達に、イモムシとチョコレット伯爵を抱え上げたレイチェルが、満面の笑顔でおねだりした。
「この子、私の言うことなら聞くわ。だから飼っても良いでしょ？」
「……………ああ。」
すっかり毒気を抜かれてしまったハイランド卿は、ついつい頷いてしまった。
かといって、やはり得体の知れないものをいきなり飼うのは抵抗がある。「何か病気を持っているかもしれないから」と、ハイランド卿はイモムシを飼うことの条件に、保健所での調査を飲み込ませた。
「元気になったら帰ってきてね、コロネっ。」
「まだ病気と決まった訳じゃ………。」
レイチェルのにこやかな笑顔に見送られ、疲れた様子のハイランド卿に連れられてイモムシ改めコロネ（命名：レイチェル）は保健所のケージに入った。
それから数日後、事件は起こる。
レイチェル誘拐の報が保健所にももたらされてから一時間後。
「大変ですっ。イモムシのケージが破られて、中のイモムシがいません！！」
「何だと！？」
やはり巨大イモムシは動物大脱走と何らかの関係があったのか！？と、人々の間に疑惑を残しつつ、コロネは走った。大切なご主人様を、無事に守るべく！！