レムリア探検隊の一角に植えられた、ユーカリの苗木たち。そこは、はるばるオセアニアから守護精銃の後を追ってやってきた、コアラたちの餌場だった。
が、エサであるユーカリの葉を目の前にして、コアラたちは食べようともせず下を向いてのの字を書いている。
ころころころころころころころ………。
そこへ、巨大イモムシが転がってきた。短い足では這うよりも転がる方が移動に便利だと発見されて以来、このイモムシは転がって移動している。当然坂などでは一方方向にしか進めないのだが。
「………？？？」
一匹のコアラにぶつかって停止したイモムシは、エサを目の前にして食べていない彼らに気づき、背景を「？」マークで埋め尽くす。「おあづけ」を喰らっても平気でものを食べるイモムシには考えられない事態だった。
いそいそと、ユーカリの葉を口にくわえて、コアラたちの目の前においてみる。コアラたちは見向きもしない。
食べられることを証明するように、イモムシは葉を一枚口にした。
「………………。」
味に満足したのか、チューリップの落書きのような背景を繰り広げながら、次々とユーカリの葉を囓り始める。あっという間に一本が枯れ木と化した。
「うきーーーーっ！」
そこへ、鋭い剣先がイモムシの鼻先に突きつけられる。
「ウキ！（コアラたちの餌をとるんじゃないウキ）」
イモムシと違ってレイチェルの使役妖魔であることがオフィシャルで認められている、チョコレット伯爵である。チョコレット伯爵は悪を裁く騎士のように、イモムシに注意を促した。
イモムシはぴたりと咀嚼を止め、首を傾げて見せた。いや、傾げようとしてそのまま転がる。
「ウキ〜〜〜っ！（人の話を聞くウキ）」
地団駄を踏むチョコレット伯爵。そんな彼にイモムシは、一枚の葉をくわえて見せた。枝からもぎ取られたばかりのみずみずしいその葉をへにょへにょとした下方への矢印つきで地に落とし、涙を浮かべてみせる。どうやら、「食べないのはもったいない」と言いたいらしい。
「ウッキー？（どうして食べないウキ？）」
チョコレット伯爵は質問を、のの字を書いているコアラたちに向けた。
「こあ〜ら〜…（食べたくないんだよ…）」
「こあらん…（守護精獣様が僕達のことを知ったこっちゃないって言ったから、ショックなんだ…）。」
「ウキッ（心配するなウキ、姫様がきっと何とかしてくれるウキ）。」
「こあら？（本当に？）」
「ウッキーっ！（姫様や僕達に任せるウキ！）」
コアラたちの顔に、輝きが戻る。
これでイモムシも遠慮するだろうと振り向いたチョコレット伯爵は、石になった。せっかくのチョコレット伯爵のすばらしい励ましも聞かず、イモムシは先程丸裸になったユーカリの木を、綺麗さっぱり根っこから食べている最中だったのだ。
「ウキーーーー！！（だから、食べるんじゃないウキ）」
チョコレット伯爵の強烈な跳び蹴りが、イモムシに炸裂した。「いもむしご〜ろごろ〜」の二つ名を証明するように、イモムシは５０ｍほど転がっていき………。
ころころころころころころころころころころ…………。
転がって戻ってきた。
「………！」
背景に「！」マークを飛ばし、イモムシは驚く。先程までのの字を書いていたコアラたちは、さっそくお食事タイムを開始していた。
「ウキッ！？（コアラたちは大事なヒトから嫌われたと思って、ショックを受けてたんだウキ！ 判ったかウキ！？）」
再び、「？」マークを浮かべるイモムシ。このイモムシは生まれてやっと３カ月なので、まだ物事をよく知らないのだった。
それは判っているチョコレット伯爵なのだが、反省した様子もなくコアラたちに混じってユーカリを食べようとしたイモムシを、再度剣を突きつけて止めようとする。
「………………。」
イモムシの背後に、じんわりと蛇行するカケアミが幾筋も浮かび上がった。
「チョコレット伯爵〜〜〜？ あ、コロネもここにいたのね？」
にこやかに笑いながら、二匹のアイドル的存在レイチェルが駆け寄ってきた。よいしょ、と、サルとイモムシを抱え上げる。８歳の、まだ小柄な身体で、それでもレイチェルはどちらかを降ろすことなく、両方に頬刷りした。
イモムシの背景に、お約束のようにほんわかした点描が浮かび上がった。いつものことなので、コアラたちもいい加減慣れている。平常心を保ったまま、食事を続けた。
ただ、レイチェルの腕の中のチョコレット伯爵だけが、何か考え込むような表情をしている。
「？ どうしたの、チョコレット伯爵？」
それに気づいたレイチェルは怪訝そうに声をかけた。チョコレット伯爵はレイチェルではなく、イモムシの方を見て口を開く。
「ウキ…？（お前、姫様に嫌われて、平気でいられるかウキ？）」
「え？」
イモムシはチョコレット伯爵の言葉を、食べかけのユーカリの葉と共に咀嚼する。１０分後。
「………………（がびーん）！！！」
イモムシは石になった。
「ちょっと？ コロネ、どうしたの？」
レイチェルは石どころか背景に縦線まで背負ってしまったイモムシを慌てて降ろし、前後に揺さぶる。チョコレット伯爵も見守る中、やがてイモムシは石化から戻った。なんだか背景も、燃えているような気がする。
「あ、戻った☆」
イモムシの背景に燃え上がる炎を全く無視して、レイチェルは手を叩いて喜んだ。
「ウキ………（こ、これは何という小宇宙ウキ………）。」
一方でチョコレット伯爵は、イモムシの希薄に押されて後ずさる。
イモムシは手を高々と掲げ、コアラたちのためにも守護精獣を元に戻す決意を硬いものにしたことを表現しようとし………。
ころころ〜。
そのまま背後に転がった。