エタムン・プラリア 作者：Ｋさん 掲載日：２０００．６．２８
プラリア 〜パアム・エルクリッド、アルム・ナート過去編〜
『光が闇の時間を止めるとき』
written by. Ｋ
※登場人物
パアム・エルクリッド<701884>
当時１７歳（童顔なので、外見は少し若め）
アルム・ナート<704279>
当時 ５歳（当時の名前フラウ）
■１２年前 ある少数部族の集落付近（現在のアスター帝国領内）
少年は走っていた。どんより曇った空の下。…それは雲と言うより、闇に近かった。
彼は肩までの真珠のように光り輝く銀髪に透き通った緑の瞳を持っていた。
…この辺りには見られない色だ。生まれは北の国ファロスあたりだろうか？
しかし、彼にはそんなことは関係なかった。
今の父が彼の父であり、母も、そして妹も彼の本当の家族だった。
少年は名をパアム・エルクリッドといった。
「間に合ってよっ。…お願いだから間に合ってっ！」
パアムは森の中を駆けていく。彼の走りすぎた後には砂塵がまい、木々が揺れていた。
…速い！そう、彼はただの人間ではない、ルーンマスターなのだ。
しかし彼は自分にもどかしさを感じていた。気持ちばかりが先に行く。
それでもパアムは走り続けた。愛する者のいる場所に向かって…。
− 一時間前 −
町から小山一つ越えた湖の畔。木々と湖水のコントラストが美しい静かな森。
…しかし今、木々は漆黒の炎に包まれ、湖水は澱んだかのようにその黒い炎を写していた。
「ヨハンサン！、ルーシアサン！…ミンナ…。」
パアムはその炎の中に立っていた。その前には仲間だったはずの黒い固まりがいくつか転がっている。
「…どうして…どうしてこんな事をするんだ…。どうしてボク達をこんな所まで誘き出したっ！。」
そう言ってパアムは剣の切っ先を正面の男に向けた。その剣もすでに刀身が半ばから失われているが…。
「楽しみは分けた方がいいかと思ったのでね…。」
そう言って含み笑いをした男は、背丈こそパアムより頭二つくらい高いだけだったが、
その何倍も大きな黒い影を纏っているかのような威圧感を抱かせる。
いや、その影こそが本当の大きさなのだ。その男は魔人なのだから…。
「どういうことっ？…まさかっ！」
「…そういうことだ。」
魔人はまた笑みを浮かべる。楽しんでいるかのように…。
「そんなことはさせないっ！」
パアムの手の平から清緑色の風が巻き起こる。
そして彼が手を突き出すと同時に、風は魔人を被った…はずだったが、すでにそこに姿はない。
「！！」
「…やはりまだ足らぬようだ…お前の闇は。」
「くっ！」
その真後ろからの声に向かって半身の剣を一閃…だが、また姿はない。そうして辺りに声だけが響いた。
「では、お楽しみの始まりだ。もう一つの楽しみの、な…。」
パアムは剣を投げ捨て、駆けだした。…まるでその声を追うかのように…。
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
「フラウっ！大丈夫？！」
「…お兄ちゃん。お母さんが、お母さんがぁ…。」
集落はすでに火の海だった。パアムは涙を流す妹に付いて、崩れた家に入る。
「！！」
母は倒れていた。あの艶やかだった黒髪からは生気が失われており。床には紅い海が広がっていた。
「母さん…。おのれヤツめっ！！どこだっ！！出てこいっ！！」
パアムそのまま表に飛び出し叫んだ。
「どうだ？…楽しんでいるか？…」
「キッサマァァァ！！」
向かいの家の屋根に現れた魔人に向かって、パアムは旋風を放つっ…その風は暗緑に澱んでいた。
「そうか、俺が憎いか。憎いだろう…もっと憎め。」
風を受け、建物が倒壊する。しかし手応えがない！…そしてまた後ろに気配！
「くっ！」
「パアムっ！危ないっ！！ぐふっ！…がはぁ！！」
「父さん！」
振り返ると父の背中が見えた。…そこから真っ赤に染まった手を生やして。
「バカなヤツめ…。お前の息子を殺しはしない。
…本当の子では無いがなぁ…しかし、これだから人間というのはおもしろい。
それが救われた者を追いつめると言うことを知らぬのだからなぁ…。」
「パ、パアム…フラウを連れて…に、げ、ろ…。」
「やったな、やったなぁ…」
パアムの手にまた風が宿る。しかしその風はまるで暗黒が広がっていくかのように黒かった。
「パアムっ！…いけ…ないっ。そんな力に征されてはっ！！…い、け、な、い…。」
「はっ！と、父さんっ！」
父の瞳の光が無くなっていった。それと同じようにパアムの手の平の闇も萎んでいく。
「お前のためにみんなが死んでいく。
…なぜだ？ 何故そこまでして力を拒む？
…俺が憎くないのか？ 俺を倒したくないのか？」
魔人はそう言って父の腹から手を引き抜き、音もなくパアムに近づいた。父の亡骸がドサリと落ちる。
「…父さんを殺した手で、ボクに触るなぁ！！」
パアムは魔人の手を払うようにして一、二歩後ずさる。魔人は呟く。
「…ククク、父さんを殺した手で…か。確かに、俺が殺した。
だが、…その男を殺したのは、お前でもあるんだぞ」
「！？」
「そう、お前の為に死んだんだ」
パアムは父の方を振り返った。父の傍らで座り込んだ妹が泣いている。
…まだ幼い彼女にはそうすることしかできないのだろう。その姿がパアムの心に突き刺さる。
『ボクは何もできなかった。護られてばかりでっ！ボクは、なんて無力なんだ…』
自分を責め、頭を垂れてしまったパアムに、魔人は追い打ちを掛ける。
「仲間達も、お前の為に死んでいった…。みんなを殺したのはお前だ、お前の愛だ…」
「…そ、そんな…ことは」
「お前を愛する人間…お前が愛した人間…、みんなお前のために死んでいくんだな…」
「…ボクが…ミンナを…」
パアムの体が震える。
「両親、仲間…。今度は、戦団の連中か？ それとも…お前の妹の番か？」
「！！」
その言葉に目を見開く…俯いたまま。
「お前の愛は、まるで凶器だな」
パアムの体がぴくりと震える。
「なぜ、お前はそこまで人を愛することが出来る？ この俺と同じ、魔の血の濃いお前が？」
「ち、違う！ 同じじゃない！ ボクは…お前とは違う！！」
「…どうかな？ お前が愛した者が、お前のために死んでいく…。まるで、悪魔に魅入られた者のように…」
「…悪魔…このボクが…？」
『自分を守って死んでいく仲間。自分を守って殺される仲間。自分を守って死んだ父さん。
…ミンナ、ボクのために死んでいったのか…？ボクの魔性のために！？』
パアムは自分に問いかける。しかし答えはない。…ただ、怖い。とても怖い。彼の体が震えた。
「…ボクは、ボクは！」
「怖いか？ 自分が？ お前の為にみんなが死んでいくのが…？」
『ああ。怖い。怖いさ。ボクはどうすればいい…？』
パアムは魔人の術中にはまっていた。心が沈んでいく、墜ちてゆく。
「しかし、怖がることはないぞ。ちゃんと、解決策がある」
「…？」
そんな物があるなら救われたい。パアムは魔人を見あげた。…助けを求める瞳で。
「愛さなければいい」
「！！」
「本当の魔人になれば…誰もお前を愛さないし、誰もお前のために死にはしない…」
『そうだ…そうすればいい…。そうすればもう怖くない…怖くないんだ…。』
パアムは心の中で呟き続けた。…自分に言い聞かすように。
その様子を見て魔族はにやりと笑みを浮かべた、後は簡単だ。
「だめっ！…お兄ちゃん。…言うこと聞いちゃ…」
パアムに話しかける声。
物言わぬ父のそばで泣きじゃくっていた妹が、いつの間にかこっちを見つめていた。
…辛いだろうに、必死に立ち上がり兄に問いかける。…もう何も失いたくない…
その瞳はそう言っていた。
「フラウ…」
『何を考えていたんだっ！ボクにはまだ愛すべき者がいるというのにっ！！』
パアムは俯いていた頭を上げ、そして妹を見やって頷く。彼の瞳にもう迷いはない。
「…違う。やっぱり違う！ボクは悪魔なんかじゃないっ！」
「何が違うというのだ？」
「ボクのためにミンナが死ぬのが怖いんじゃないっ！…それは辛いことなんだっ！
ボクが怖いのは、誰も愛することができずに、そして誰からも愛されなくなることだっ！！
…それがボクが人間だということっ！おまえ達魔族と一緒にするなぁっ！！」
パアムは真っ直ぐに魔人を見据え、言い放った。
…が、しかし、魔人は動ぜず彼を見下している。
いやそれどころか笑みを浮かべた…とてつもなく邪悪な微笑み…。
…そう。まるで「そう言うのは分かっていた」とでも言いたげに…。
「ふははっ、そうだ。その想いは人間のものだ。
…しかし、想いが強いからこそ、お前は魔人になりうるのだっ！」
魔人は手を振り上げた。そして、その手の平から漆黒の球体が生まれ広がっていく。
「お前の愛するその全てを消してくれるわっ！」
「やめろおぉっー！！」
パアムの叫びはむなしく、その球体ははじけた。
ズムッ！！
「きゃあああぁぁぁぁっ……」
…そしてすべてを闇が打ち払い。妹の声が闇の向こうに遠ざかっていく。
その後に残るは２つの影。
…育った家も、遊んだ庭も、父や母の亡骸も、…そして妹も。
何もない、今そこはただの荒野だった。
「…キサマっ！キサマァ…」
パアムはうずくまり呟いた。背中が小さく震えている。
…そして、その白銀の髪は漆黒に変わろうとしていた。彼の心の光を飲み込むように…。
「ははは。どうだ、全て無くなったぞ。
おまえを愛する者も、おまえに愛される者も…残っているのは恨みだけだ。
人の想いが転じた『負の感情』だけだ！…俺と同じく、な。…では、最後の仕上げだ。」
全てを払った闇の疾風を纏ったまま魔人は言った。
そしてその闇をパアムに纏わり付かそうと、また手を突き上げた。
…が、闇は魔人に答えはしなかった。
「！？…どうした？はっ、この闇は俺の闇ではないっ！！」
「キサマ、キサマ、キサマキサマキサマキサマァーーーーーっ！！」
その叫びと共にパアムは弾けたように立ち上がり、魔人を睨み付けた。
その瞳は漆黒よりも深い闇にとらわれていた！全てを『負の感情』にまかせてしまったのだ！！
次の瞬間、パアムは両手を突き上げ魔人の方に一気に振り下ろした。
「なにっ！…ぐわあああぁっ！！」
その闇の風は激しさを増し、…例えるなら嵐か竜巻になったかのように魔人を包み込み、
まるで木の葉を刻むかのように切り刻んだ。
その闇が去った時、立場は逆転していた。
魔人はぼろきれの様に転がり、その傍らでパアムは邪悪な微笑みを浮かべて彼を見下していた。
さっきまでの怒りが嘘のように冷ややかな、それでいて楽しんでいるかのような漆黒の瞳で！
「フフフッ。キミ、まだ生きてたの？…そうでなくっちゃ。もっと御礼をしなくちゃね。」
「ぐふっ。…こうも簡単に…俺の闇を越えるとは…だが、もういい。…俺は果たした。
我が長への贈り物を作ることを…。さあ、俺を滅ぼせ。…俺の闇も食らって我々の目的を果たせ！」
「ふ〜ん。もう終わり？そうなんだ。…じゃあ、消えて。」
パアムはにやっと笑って手を振り上げ、魔人の喉を見据える。
「そうだ。それで全てが終わる。そして、始まる。」
魔人は至福の表情を浮かべた。…全てをやり遂げたかのような。
そして手は振り下ろされた。
『だめっ！』
…その時、パアムの心に叫び声が飛び込んできた。手が寸前で止まる。
その叫びは魔人の喉を裂く換わりにパアムの闇を切り裂いていくようだった。
〜♪〜♪♪〜〜♪〜
気が付くと、パアムの胸のオルゴールが鳴っていた。妹の叫びのように…。
「どうした？…どうしたというのだ！？」
パアムの瞳に光が戻る、済んだ清緑の瞳に。漆黒の髪も白銀に包まれていく…闇を飲み込む光のように！
「…ありがとうフラウ。助かったよ。」
パアムは胸のオルゴールに手を当てて、優しく握りしめ呟いた。
「何故だ。ありえない！そんなはずはないっ！！
自ら『負の感情』に身を任せ、そして支配された魂が戻ることなどっ！！
…はっ、そうか。お前、時間を戻したな？
まだ人間だった時に」
「ボクが戻したんじゃない！フラウが戻してくれたんだ。
フラウは死んじゃってもボクを愛してくれてるんだっ！！
…これが人間。キサマにはゼッタイ分からないっ！！」
「ならば、また取り込むまでよっ！！」
魔人は再び闇の疾風を作り出す。…が、その闇は緑の旋風に包まれ、消えていく。
今度はパアム本来の力。そしてその旋風は魔人を巻き込む！
「ぐはっ…俺が倒されるというのか。
…しかし、お前の心の闇は閉じこめられているだけだ。
時間が進めば同じ事…ふははは…」
笑いを残して、魔人は塵と化し霧散していった。
そして、パアムは一人になった。
全て闇に取り込まれてしまったのか、両親も妹も亡骸は見つからなかった。
仲間達、そして家族の墓を建てた彼は、その前で立ちつくし呟く。
「ボクは人間なんだ。ボクを愛してくれた父さんや母さん。そしてフラウはここにいる。」
そう言って手の中のオルゴールを見つめた。…まるで自分の心の中を見るように。
「ボクが愛するべきまだ見ぬミンナに会いに行こう…ボクが、人間であるために。」
涙が頬を流れていた。しかし、彼は力強い足取りで歩き始めた。
雲の間から、光が地上に注ぐ。…暗雲は晴れようとしていた。
…こうして、時が止まった少年の旅は始まった…。
＜おわり＞
『作品解説 by Ｋ』
これは私がパアムとアルムさんの設定を決定付けるために書いたものです。
実はＭＲＺさんと私が交流を始めたのは第五回が終わったときで、その時にパアムとアルムさんの設定があまりにも似ていたので、お互いが死んだと思っている兄妹にしてしまおうと言うことになったんです。どこまで似ていたかというと、１０年ほど前に魔族により両親と妹（兄）が殺されている。兄は１０歳くらい年上で、みんなが傷つくのが嫌なので魔軍に挑むという自己犠牲なヤツだった…これはパアムの性格設定と全く同じ。（私は妹の性格とか考えてなかったんですけどね…いい加減なもので（苦笑））いやぁ偶然って怖いですねぇ。…それともありがちなんでしょうか？（汗）
まあ、髪とか瞳の色が違ったので血がつながっていないことにしてますが、それは愛嬌ということで笑って見逃してください（苦笑）
というわけで、お互いを行方不明にし、またアルムさんのプラリアの中に、魔族が兄を魔族化させようとしたときのセリフがあったので、それを取り込み、さらにパアムの外見のギャップの秘密も含めて書いてみたわけです。
それにしても、ヴィヴィに取り込まれたアリエッタに、パアムは真っ直ぐ純粋だった妹を重ねて、アルムさんは魔人化させられた（と思っている）兄を重ねて、「妹（兄）の悲劇は繰り返したくない」という想いで彼女を元に戻すために追っていたというところにも運命的なものを感じます。（これも偶然）
【管理人紹介】
Ｋ様より頂いたアスター在住のパアム・エルクリッドさんとアルム・ナートさんのプラリア第二弾です！
最後にはＫさんによる作品説明も付いてます。
実はある関わりを持つ二人の物語の一つです。パアムさんの秘密がついに明らかに…？
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